人と街と人生と@バルセロナ | 相方は南蛮人

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スペイン人パートナーと年子姉妹とのカオスな日々@フランス

子達の冬ヴァカンスを利用してさくっとバルセロナへ。

 

既にここは何度も訪れているので観光一切無、仲良しの義従弟達に会い、和食を食い貯め、ヘアメンテという何ともまったりした滞在。

滞在中に家の内件をと予約していたのだけれど、2度も確認の電話をくれたにも関わらず当日不動産会社のオフィスに行ったら”この日は内件不可で、明日なら出来るのだけど”とまた別のスタッフ。悪名高きTecnocasaよ、2度の確認電話一体なんだったん...。ここからは家を買ってはいけない。

 

訪れる度に和食屋が増えている気がしてならない、マドリードも大分増えたなと思っていたけれど比じゃない位に和食で困る事のない街、バルセロナ。

 

 

仲良し義従弟ファミリー、あちらも女の子2人で子達の年齢も近く我ら親同士は同学年、そして国際結婚組。ということで何かと共通点が多く親も子も仲良し◎義親族の集まりがあっても彼らがいるから気が楽といっても過言ではない。”バルセロナに越しておいでよー”と押してくれる仲良しがいるというのは私的にはかなりこの街に傾く要因である事は間違いない。夫の”子の成長に親戚付き合いは大切”という主張もここに全て揃っている。

今回の滞在も実は私達の許可なく勝手に義妹が来ようとして”勝手に来ようとするのマナー違反だって自覚ある?”と私が直接連絡し制止、先月の電撃来仏の経緯含め義従弟達に話したら”あいつらはなぁ”と苦笑いの義従弟、その嫁”ほら、バルセロナで決まりよ”とまさに私の味方がこの街にいるというのも大分心強い。

 

そしてこの義従弟の父である義叔父が私達が滞在中に亡くなった。

先月アリカンテの別宅滞在中に連絡が取れずポーテロさんに連絡して様子を見に行ってもらったら倒れているのが見つかり緊急搬送。当時は髄膜炎で昏睡状態が続いているが現地の病院に脳外科医不在で手術が出来ないというのでマドリードのLa pazの病床空待ちで待機。4週間後に移送されるも精密検査の結果で既に髄膜炎の症状は無いものの、この4週間の間に無数の脳微小梗塞を起こしていて自発的に目覚める事は最早不可能、来るのが遅すぎたと。後は最後まで自然に任せるべきだという義従弟とそのきょうだい達に対して義叔父は現在のパートナーが担当医と話し合い結果、鎮静剤であっけなく旅立って行ってしまった。

何か正解なのか私には分からない。”僕だったら空がある他の病院への移送を検討するし可能性がゼロでない限り自然にその時を待って欲しいし待ちたい”と夫。昨今問題になっている医者不足や医療サービスの問題、またこの国での医療のスピードなり考え方のある意味の恐ろしさを間近で経験した。

去年義祖母から受け継いだアリカンテの避暑宅をリノベしこれから楽しむんだと言っていた矢先のことで誰もこんなに早く旅立ってしまうと思いもしなかった。きっと本人だってそうだったと思う。

急遽マドリードへ行った義従弟から髄膜炎の原因が何でもないただの風邪からきたものであって誰でも成りうる可能性のあるものだったと担当医から説明を受けた旨後から連絡をもらった。

どうしてそれが死にまで至ってしまったのか、ワクチンの未接種か基礎免疫力だの体力低下なのか、それは誰にも分らない。

これを受けて、健康がいかに大切かということ、基礎体力や免疫力を甘く見てはいけないということを思い知らされた。そして少し前までは都心より郊外か田舎の静かなところで住むのがいいよねと夫と話していたけれど、フランス同様ここスペインでも医者不足等の医療問題は深刻であるということ、州によって医療の充実度に差があるということを考えるとどこに住むかで多少人生の長さが変わってくるのかな、なんて話を滞在中夫と話したりした。

 

なんだかいろいろぐーるぐる考える事の多かったバルセロナ滞在。