「実力」なら格差があってもいいの?能力主義という新たな壁 | ソリューションのおぼえがき

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私たちが当たり前だと思っている「ある価値観」に潜む格差の問題を掘り下げます。
それは、「努力して能力を身につけた人が報われるのは、当然だ」という考え方です。

現代社会の多くは、家柄や血筋ではなく、本人の才能や努力によって地位が決まる「能力主義(メリトクラシー)」を理想としています。
一見、とても公平に思えますよね。
 

しかし、政治哲学者マイケル・サンデルなどは、ここに大きな罠があると指摘します。
成功を「100%自分の努力の結果」だと信じ込むことで、成功者は謙虚さを失い、失敗した人を「努力不足だ」と見下すようになってしまう。
これが、現代社会における深刻な分断を生む原因になっているというのです。

たしかに、社会学的な視点で見ると、私たちが「自分の能力」だと思っているものの多くは、実は環境や運に左右されています。
「勉強に集中できる家庭環境に生まれたこと。」
「たまたま自分の得意なことが、市場で高く評価されるようになったこと。」
これらは本人の努力以前の「運」です。
 

しかし、能力主義が行き過ぎると、こうした背景が見えなくなり、格差が「正当なもの」として固定化されてしまいます。