E.H.シャインという組織心理学者は、それを「経済人」「社会人」「自己実現人」「複雑人」の人間モデルに整理しました。
彼は、これらのモデルの中でも、「複雑人」モデルが現代の組織マネジャーに求められている人間観であると提唱しています。
シャインの人間モデルは、マネジャーにとって2つの大きな示唆を与えてくれるものです。
1つ目は、人はなぜ働くのかについて、モチベーション(動機)という観点から人間モデルを提示していますので、モチベーションについてより深く理解することができるようになります。
2つ目は、マネジャーがこの人間モデルを通して他者という人間について深く考えることで、マネジャー自身の人間観を磨く手がかりを得ることができます。
①経済人モデル
このモデルでは、「人が仕事をするのは、賃金という経済的報酬によるものである」という見方をします。20世紀初頭のF.W.テイラーの科学的管理法に端を発するモデルです。この管理方法の特色は、賃金を生産性の手段とみなし、課業、能率給、出来高払いの導入などを行ったことにあります。特に課業を重視し、適正な1日の仕事量、標準的作業条件の設定、成功に対する割増賃金、失敗に対する減給などを管理の基本に据えました。経済人モデルは今日の成果主義にも通じるものがありますので、古い時代の話と言い切ることはできません。
②社会人モデル
「人を動かすのは経済的報酬だけではない。集団に所属していることの安心感や仲間と共に働く喜びを得るためである」というのが社会人モデルです。この考え方を提唱したのは、E.メイヨーをはじめとする人たちで、テイラーモデルを批判し人間関係論によるマネジメントを提唱しました。仕事をする人間同士の関係性やチームワークという側面に注目しているのがこのモデルです。この点により、かつての日本における企業組織の特色は、このモデルに準拠したものであったとの論評がなされてきました。その後、成果主義人事制度の導入が相次ぎ、このことが短期成果の達成ばかりに力が集中し、かえって企業体質の弱体化を招く結果にもつながりました。最近ではその反省から、温かい職場づくりや一体感のあるチームといった社会人モデルが再び注目されています。こうした動きを見ると、企業組織の人間観を巡る歴史は繰り返すといえそうです。
③自己実現人モデル
自己実現人モデルは「より高度な欲求で動く自律的な人間」を想定しています。経済人モデルと社会人モデルの人間観は全く異なりますが、双方とも組織にやや依存的な人間を想定していました。自己実現人モデルでは、お金や人間関係よりも高度な動機、たとえば、人は自分の可能性を伸ばすことや自分らしく生きることを望むというように、人間をより自律した存在と見ているところに特徴があります。このモデルの考え方を先導したのが、先のXY理論を提唱したダグラス・マクレガーです。経済的な充足を得たとしても、居心地の良い人間関係を保てたとしても、自分がなりうるところの最高をものになりたいとう動機が人間には存在します。こうした自分の可能性、潜在性を最大限実現したいという動機を人はもっているというのが自己実現人モデルの人間観です。
④複雑人モデル
複雑人モデルは「人は十人十色」と見る人間観です。人間モデルという考え方を提唱したシャイン自身の命名によるものです。人間には、経済人も社会人も自己実現人もいるし、人間とは本来複雑な存在であるとするモデルです。すべての人が同じ動機をもって働いているなどということはありえない、どんな動機をもっているかは人によりさまざまであるというのが複雑人モデルの根っこにある考え方です。自己実現の時代だからといっても、より高額なお金を得ることに動機をもつ人、職場の雰囲気、人間関係が大切だと考える人もいます。あるいは、プライベートで大切にしていることの原資を得るために働いているという人もいます。また、同じ人間であっても人生の時々で、どの動機が表に出てくるかは変化していくというのが複雑人モデルの基本的な考え方です。