ジイチャンハイツモ | 葛飾区 江戸川 美容室ソリューション 社長 経営 子育て 奮闘記

葛飾区 江戸川 美容室ソリューション 社長 経営 子育て 奮闘記

葛飾区と江戸川区になる美容室soLution
葛飾高砂にある鉄板ダイニングの経営者目線の出来事や
子育てイクメン奮闘記を載せていきます。
株式会社ビークリエイト代表 勝野太一朗

大好きだったじいちゃんが亡くなった。

先週の木曜日の朝に自宅で息を引き取った。

7、8年前からアルツハイマーで

ここ1、2年は寝たきりの生活が続いていた。

91歳で自宅で寝たままだったので大往生だったと思う。

朝、オヤジから電話があり「息してないぞ!」って

言われた時は正直ショックというよりは

「そうか」「頑張ったな」という気持ちの方が

大きかった。

もうここ半年はいつ亡くなってもおかしくないと

医者に言われ、僕の両親も介護に預ける事なく

家で面倒を見続けていた。

僕は実家には住んでいないのでリアルではないが

見ていて本当に大変そうだった。

朝起きて両親はまず二人でじいちゃんを起こし

便だらけのオムツをとりかえ

車椅子に座らせ食事を食べさせ

また寝かせる。

髪や髭は伸びるから定期的に散髪し

ほんとんど返答のないじいちゃんに話しかける。

それで仕事にむかう。

そんな状態が続いていたので

ある程度心の準備はできていた。

だから今は悲しさよりも淋しさよりも

「じいちゃん頑張ったじゃん!」の

気持ちがつよい。

だって医者には昨年の末までもてば良いって

言われていたのにもう春だからね。

もう5年くらい前から毎年正月に

「おじいちゃん最後の正月だからね」って

おじいちゃんを囲みながら皆で乾杯を

毎回やっていて「何回やるんだよ!」って

なるくらいになってたし。

忘れもしないのが僕が高校生の時

授業をサボろうと校門を飛び越えて

外に出るとじいちゃんがいた。

僕「じいちゃん何やってんの?」

爺「たまたま通ったんだよ。ニコニコ」
(この時はまだボケていない)

僕「嘘つけ!散歩のルート大幅にずれてるわ(笑)」

爺「頑張れよ!」

また高校の体育祭時

僕は商業高校に行っていたので女子が多かった。

その高校の体育祭という事もあって

他の高校とかの子達も見に来る。

男子の騎馬戦とかをみて女子も

キャーキャーと黄色い声援。

騎馬戦が終わり仲間たちと一緒に

女子のもとへ行き

「めっちゃカッコイイじゃん!!」

なんて言われてチヤホヤされていると

そこにはじいちゃんがいる。

僕「え?じいちゃん・・・・」

僕「いや、高校の体育祭とか父兄は来ないよ!」

僕「どしたの?」

爺「たまたま通りかかったんだよ」

爺「お前がいるかと思って見に来たんだよ!」
(まだボケていません)

僕「いや散歩のルート大幅にずれてるよ!」

僕「通ってる高校の体育祭なんだからいるよ!(笑)」

みたいなとってもチャーミングなじいちゃんでした。

僕はじいちゃんとばあちゃん子で初孫で

しかも一緒に住んでいたので

本当に可愛かったのだと思います。

よく「太一朗が孫の中で一番可愛い」って言っていて

「そういう事言うな!」って僕の両親に怒らていました(笑)

そんなじいちゃんと最後に交わした言葉が半年くらい前。

僕の親父に「話しかけてみな」「脳に刺激的だから」

と言われじいちゃんに

僕「おーい!!オレだよ!わかる????」

じいちゃん「わかるよ!」

僕「だれ???名前言って」

じいちゃん「かずちゃんだろ!?」

僕「違うわ!それ俺のお母だわ!」

僕「太一朗でしょ!孫の太一朗だよ!」

爺「太一朗か!学校行くのか?」

僕「学校は少し前に卒業したよ!」

僕「今は仕事してるんだよ!」

爺「仕事か!頑張れよな!」

僕「じいちゃんの方こそな!しっかり飯食えよ」

爺「・・・・・・・」

僕「なんでそこ無視するんだよ!?(笑)」

っていうのが最後のやりとりです。

じいちゃんとの思い出はほんわかした

思い出しかありません。

今日通夜なのですが

盛大に天国に送ってやろうと思っています。

じいちゃん長い間お疲れ様でした。
ゆっくり休んでください。
ありがとう。


一番可愛い初孫 太一朗より