一時期、ラヴェルの「ボレロ」ばかりを聴いていた時期がありました。

 

ブログを読み返してみると、最後に「ボレロ」について書いたのは2023年1月27日で、約2年間「ボレロ」から離れていたことになります。

 

今回取り出したのは、オンドレイ・レナルト指揮、ブラチスラバ放送交響楽団のLPレコードです。

 

 

 

 

この指揮者についてネットで調べてみると、あまり情報が出てきませんでしたが、2019年からはこのオーケストラの首席指揮者を務めているようです。

 

日本と縁が無いわけではなく、新生日本交響楽団から始まり、東京フィルハーモニー交響楽団では1993年から1999年まで主席指揮者を務めたので、もっとネットに上がっていてもいいはずです。

 

探し方が悪いのかもしれません。

 

ブラチスラバ放送交響楽団の英語表記は"Radio Bratislava Symphny Orchstra"で、スロヴァキア放送交響楽団のことです。

 

ブラチスラバは、スロバキアの首都ですね。

 

チェコスロバキア時代は、「チェコスロバキア放送交響楽団」の名称でした。

 

レーベルはOPUSで、1987年1月25日のスタジオ録音です。

 

 

 

 

レコードに針を落としてみると、出だしのスネアからしばらくは可もなく不可もなくといった演奏で、サックスが少しジャズっぽいソロを披露した程度で弦楽器のアンサンブルに受け渡されます。

 

スネアは全体的に平板なたたき方で、ソロ楽器もそれぞれの妙技を聴かせてくれるようには感じません。

 

音楽を支えるコントラバスの音量は小さめです。

 

後半でリズムを支えるティンパニの音量も小さいうえに、スネアドラムと同様にメリハリの乏しいたたき方です。

 

ダイナミックレンジが小さめの録音のせいもあるのか、最弱音から爆音までの過程で気分が高揚していく「ボレロ」の醍醐味が乏しい演奏に思えました。

 

はやい速度で演奏される「ボレロ」は、スピード感である程度気持ちを高揚させることができますが、17分前後のゆっくり目の演奏時間になると、ソロ楽器の歌わせ方、メリハリのあるリズム楽器の扱い、音量を上げていくタイミングなどを、かなり計算していかないと面白い演奏にはならないことを感じた演奏でした。

12月はあまりブログを書くことができませんでした。

 

ペースが狂ってしまったのはインフルエンザです。

 

ある異業種交流会に参加してから体の調子の悪さを感じ、そのうち熱が上がり始めました。

 

病院に行ったところインフルエンザとの診断。

 

参ったなと思いましたが、最近の薬の効き目というのはすごくて、1回服用しただけで、翌日には熱が下がってしまいました。

 

やれやれと思ったところで、義母が圧迫骨折で入院。

 

少なくとも1か月は入院することになりそうです。

 

私自身は、体の右側の故障でリハビリに通ったり、自宅からかなり遠いところにある深谷市の歯科医院に通ったり、熊谷の母の通院に付き合ったりで、なんだか落ち着かないまま年末を迎えました。

 

一昨年の8月に3週間ほど右肩の激痛に苦しんだあと、次はおしりの中にある梨状筋の強張りが原因で、おしりから右足にかけて痛みが続き、1年ほどリハビリを続けています。

 

どうも私は右側に負担をかけて動くことが多いらしく、左右のバランスをとって体を使うことが課題となっています。

 

今は1月3日で、昨日から浦賀のマンションに来ていて5日までのんびり過ごす予定です。

 

久しぶりにオーディオにも手を加え、趣味の様になっているウィスキーも新たな楽しみ方を模索しようかと思っています。

 

 

三浦半島は美味しい食材が手に入りやすい土地です。


マグロと言えば三崎ですが、観光地価格に見えてしまうため、しばらく三崎でマグロは食べていません。


美味しいマグロが食べたくなったら、横須賀の「海鮮道楽えん」に行きます。


一番近い駅は京急本線の県立大学駅で、車ではちょっと分かりにくい場所にあります。


いつもはランチに利用していたのですが、今回は夜に訪れて見ました。


外せないのは、刺し盛りです。





マグロが5切れ乗って一人前で1500円くらい。


熟成されたような食感のマグロはおすすめです。


追加で注文した金目鯛の煮付けは「時価」となっていましたが、予想より安くて2500円くらいでした。





金目と言うと4000円くらいのイメージだったので、その大きさもと相まってお得感がありました。


生ビールにマグロの煮付け、ゴボウの唐揚げ、枝豆の3点が付いたセットのほかに、だし巻き玉子、タコの天ぷらなどを食べて大満足でした。


お店の方と話しをすると、「えん」を始めて5年目に入ったそうです。


ご主人は、油壺にあった観潮荘で料理長をやっていた方で、腕は確かです。


油壺に温泉があった頃、温泉の後に食べたランチがとても美味しかった事を思い出しました。