週末に浅間の小屋に行ってきました。


渋滞を避けるために午前7時前に出たにも関わらず、到着したのは午後3時くらい。


朝一番で川口のロイヤルホームセンターで材料を調達しているうちに、既に渋滞が始まっていました。


渋滞を避けて一般道を走っていると、立ち寄りたくなる所が出てしまいます。


誘惑に負けて数カ所で寄り道した結果、8時間かけて小屋に到着。


森の中はすぐに暗くなるので、大して作業できません。


今回やりたいのは、壁を仕上げて、そこにカウンターテーブルを取り付ける事です。


翌朝早くからすぐに作業が始められるように、材料を必要なサイズにカットする所までで終了。


翌朝は、7時から作業開始。




相じゃくりされている杉板を下から下地に固定していきます。




カウンターテーブルを取り付ける部分の壁が張り終わったら、こんな金具を固定します。



レバーを握ると簡単にたたむと事が出来ます。


ここに板をねじ止めすると出来上がり。


使った板は、オフィスで使っていたデスクの天板です。


カウンター用の椅子を置いてみると良い感じになりました。




天板をたたむとこんな感じになります。




森を眺めながら朝食を楽しめる、良いコーナーが出来ました。



もう少し作業が出来そうなので、シンクを取り付けるスペースの工事を始める事にしました。





細かい作業が必要になる部分は、作業をしている時間よりも、考えている時間の方が長くなってしまいます。


お昼くらいまで作業を続けてここまで。




そろそろ紅葉が綺麗な場所があるはずなので、走り回りたかったのです。

シンクの取り付けや窓などは次回に持ち越しです。

次は作業に集中しよう。

落語が好きです。


漫才もコントも大好きですが、特に落語が好きです。


落語の奥深さはクラシック音楽に通じるものを感じています。


クラシック音楽には、楽譜の版の違いはあるにしても、同じ楽譜をどう解釈して音にするかと言う特徴があります。


落語も古典落語になると、同じ噺にアレンジを加えながら噺家独自の講座に仕立てます。


まくらの作り方と本題へのスムーズなつなぎ方も噺家の腕の見せ所です。


オチが分かっているのに敢えて噺を聴こうとするのもクラシック音楽と似ています。


落語は中学生の頃に興味を持ち始め、噺を書き下ろした本を読みながら腹を抱えて笑っていました。


今ではそんな感性は失ってしまい、なぜ活字の落語からあれほど笑えたのか不思議です。


高校生になってカセットテープによる録音環境を手に入れると、テレビやラジオのエアチェックに熱中しました。


同時にクラシック音楽の放送もエアチェックしていたので、限られたお小遣いの中で購入したカセットテープの使い方には悩んだものです。


安いテープも登場しましたが、音質以前にメカ的な問題があるものもありました。


落語熱は結婚した頃まで続き、新婚旅行にもお気に入りのテープを持って行ったほど熱中していました。


その頃エアチェックしたカセットテープがかなりあり、すこしずつですがデータ化を始めました。


そのためにダビング用のラジカセも購入しました。




USBメモリを用意して、録音ボタンを長押しするだけでカセットテープの内容がデータ化される優れものです。




今のところ90話ほど整理が終わりました。


USBに取り込んだ後は、無音部分をカットする程度の編集をします。


整理してみると1980年台前半の録音が多く、20才位から数年間とくに熱中していたようです。


おとぼけ落語の春風亭柳昇さんの録音が幾つもあり、しばしばTVやラジオに登場していた事がわかります。


片岡鶴太郎さんのアレンジ満載の「まんじゅうこわい」は爆笑ものです。


落語ではないですが、古舘伊知郎さんの「ごめん下さい、過激です!」はスピードのある話術の中に頻繁に笑わせどころを組み込んでいて見事です。


確か北野たけしさんと小朝さんの漫才「Wモーニング」もどこかにあったはず。


テープの整理はお宝探しになってきました。





2歳下の弟をなくしてから4ヶ月が過ぎました。


弟と共通の趣味は多く、会えば趣味の話ばかりしていました。


もとを辿ると、2人とも父の趣味の影響を受けました。


父が使っていたナショナルのスピーカー8P-W1は弟が持っていたはずです。


私の手元にあるのは、弟から譲り受けた型番が違う20P-W09でした。


このシリーズの16㎝版は、6P-W1と言い、昨年1本だけ弟から貰いました。




正確には、TEACのオープンリールデッキ900DELUXに内蔵されていた型番が少し違う6P-W1です。


「確かもう1本あるはずだから探しておくよ」と言ってたのが今年の正月。


その後、病院で一度会ったのを最後に弟は逝ってしまいました。


弟は、実家にプレハブで作業小屋を作り、オーディオ機器の修理をしていました。


6畳のスペースは、沢山の測定器やパーツ、修理品などが詰め込まれ、やっと一人分の作業スペースがあるくらい物に溢れていました。


弟の息子が少しずつ片付けを行い、やっと入れるスペースができました。


実家に行った時に、久しぶりに小屋に入りました。


残されたものの一つ一つが弟がこだわって集めていたものだろうと思います。


入口の脇のスッキリした棚を見ると、スピーカーユニットが一つ置いてありました。


手に取ってみると、「もう1本あるはずだ」と言っていた6P-W1でした。


弟が探し出して、いつか渡そうと思って取り出しやすい所に置いておいたのだろうと思います。


このスピーカーは、弟の肩身となりました。