SOLUNAR

SOLUNAR

日記のように日々をつづる

Amebaでブログを始めよう!
旭酒造。


・・・と聞くと「???」と思う方は多くても、


日本酒の獺祭(だっさい)。


・・・と言えば「知ってる!」と言う人は多いんじゃないかな。


純米大吟醸磨き二割三分遠心分離1800ml、お値段21,000円也。



数年前に岩国の地酒として誕生したかと思ったら、またたく間に

日本酒界のトップブランドに登り詰め、いまや世界を股にかける知名度を誇るという

シンデレラ・サクセスストーリーを地でいく酒造会社。


賞与及び証明書。



今年1月中旬にテレビ東京の『カンブリア宮殿』で放送された、

倒産寸前だった山奥の小さな酒蔵が起こした“奇跡の大逆転ドラマ”に感動した人は

きっと少なくないはず。何を隠そう私もそのひとりなのです~♪



カンブリア宮殿で共演した村上龍氏直筆サイン。


功績が認められ様々なメディアに取り上げられている模様。




・・・その酒造会社は光市の北東に位置する岩国市周東町にあり、

自宅からは車で40分程度と比較的近い場所にあるので満を持して見学に行くことにしたよ!

光市からだと、新日鉄住金ステンレス正門前から県道144号線を北上し、

島田~立野~三丘を経由して岩国に入って、差川あたりで142号線に入る。

国道2号線に接続したら右折して、西長野郵便局のとこを左折、

県道376号線を道なりに進み、途中で142号線に入ってまっすぐ行くとたどり着くよ。


144号線と5号線だけでも行けるんだけど、時間かかる上に

岩崖と川に挟まれた細いくねくね道を行くことになるからおすすめしない。

国道5号線の様子。



道をどんどん進むと、急に目の前が開けて、ちょっとした集落に出る。

ここが『獺祭』のふるさと、「岩国市周東町獺越」。






ところで、『獺祭』は直訳でカワウソの祭り、です。

いかにも夜にはカワウソたちが出てきて川のほとりで酒宴してそうなイメージが

ぴったりの山と清流に囲まれた自然いっぱいの場所ですね☆



レポート長くなるので、ここで一旦お休み~。

part.2では早速酒蔵に潜入して、製造過程を見ていきますよ~♪




遅くなりましたが、新年のお慶びを申し上げますヾ(*´∀`*)ノ

実は新年を迎えるちょっと前にインフルエンザにかかっちゃって、

お仕事休むハメになったりなんだりで凹んでおりましたが、復活致しました~♪

2014年はもう少し自らの健康管理に余念なく元気に過ごしたいもんだ・・・(;´Д`)

さて、前ページでお約束してましたレポートより本年のブログ初めをしたいと思います。


今回レポートする正義霊社(せいぎれいしゃ)は、

以前紹介した 備中清水氏 に非常に関連性の高い神社なんだけども、

・・・多分光市民にもあんまし知られてないんじゃないか?

と思うぐらいひっそりとした存在感。

まずよく調べてからでないと行こうにも行けんような場所にある。

JR島田駅近くの山田団地および高杉団地の近くにあるんだけど、

初めての人は島田駅より県道144号線を玖珂方面に上る途中、光自動車学校に

行く道に入って直進、介護福祉施設の和光苑の角を右折するといいかも。

しばらく行くと右手にこんな看板が立ってるから、その辺にそっと路駐してね。


光市観光協会さんの看板。クリックして拡大して見てみてね!

看板左手の、階段から山の中に入っていくんだけどさ、これがめっちゃ怖いのよ~

ちっちゃい頃は肝試しとか割と平気だった私でも何か恐怖というか畏怖を感じるぐらい。

うっそうとした暗い静かな雑木林の中の階段を登ると、坂の中腹に鳥居があるの。

鳥居をくぐるとそこはちょっとした広場というか辻になってて、

右手にはこんな石碑が建ってる。




・・・読めん。・゚・(ノД`)・゚・。

たぶん神社建立の云われが彫ってあるんだろうかな~。

そして、左手にはもう一つ鳥居があって、その奥にはお墓があった。

こちらはさすがに気後れして写真には撮れなくて・・・

明治維新時、第二奇兵隊総督だった萩生まれの 
清水親春 さんのお墓。

当時を偲びつつ、一礼と手を合わせました。

先ほどの辻より石段を登り詰めるとお社にたどり着きます。これが『正義霊社』




元々の由来は、戦国時代に秀吉に滅ぼされた備中の清水宗治の嫡子(跡継ぎ)景治が、

江戸時代に入ってから故郷の備中国賀陽郡清水村(現岡山県総社市井手)の

稲荷神社の霊を分祀して、これに宗治の神霊を合祀したのが始まりだそうな。

(総社市の稲荷神社、調べてみたんだけど現在それに当てはまる神社が無い・・・。

もしかしたら、総社市の総社宮もしくは最上稲荷に関連があるかも?)

んで、その後、宗治の百回忌に名称を正義霊社に改めたのと、

明治維新前夜に23歳の若さで殉死した清水親知の神霊を合祀した歴史を持つみたい。

ちなみに親知のお墓は萩の東光寺にあるんだって。法名は「二沢院殿向山義雄」

向山文庫【光市立野】 の名前の由来となったんよね。


ちょっとだけ、お社の一部を公開。


しかしまぁ、郷土の歴史に興味が無ければ、絶っっっ対来なかったろうな、ここ・・・。

きっと知ることすら無かったと思う。なのにこんなご縁があってつくづく不思議だなぁ。

何に導かれてるんだろう?分からないけど、知りたい気持ちが止められないや。

さて、次はどこに行こうかな??((o(´∀`)o))ワクワク




皆さんは、難波大助という人物を知ってる?


時は大正時代にさかのぼり、おそれ多くも

当時皇太子であった昭和天皇の暗殺を企て(もちろん未遂に終わる)-【虎ノ門事件】

とんでもない大逆罪で極刑となった人物です。

そしてこの難波大助が起こした大事件は、歴史を大きく動かす引き金になったらしい・・・

厳密に言うと、昭和日本の政治に台頭する松岡洋右外務大臣(この方は光市室積出身)、

さらに光市のお隣、田布施町から佐藤栄作・岸信介両総理大臣を輩出した遠因なんだって。


実はその難波大助は、光市立野(たての)宮河内出身で、

備中清水氏の後裔であり、当時名家だった難波家の生まれ。


大助の生家、当時の難波邸



大助のお父さんの難波作之進さんは、村長さんや県会議員をするほどの人だったのに、

息子が起こした大事件のせいで自宅謹慎のちに餓死するという運命を辿ったんと。


さて、前置きが長くなったとこでそろそろ本題に移りましょう。

そもそも難波邸とは、作之進さんたちの祖先である難波覃庵(またの名を難波伝兵衛)が

住まいとしていたもの。彼は幕末の武士で、長門萩藩のご家老・清水親知

(こちらも備中清水氏(清水宗治)の子孫)に仕えてたそうな。

ちなみに親知さんはあの有名な高杉晋作と時代を共にして、

長州藩と会津藩の京都における武力衝突事件-【禁門の変】の責任を問われ切腹自害した人。

その親知さんのコレクションの蔵書を覃庵がもらい受け、自分とこの蔵書も一緒にして

一般人にも閲覧OKの蔵を建てた・・・それが『向山文庫』。

光市立図書館の前身とされるこの建物が立野に現存しているというので行ってみた!


旧難波邸。なんか山の一部になってるような・・・?

上の白黒写真と見比べると随分印象が違う。



車を手前の広場に駐車して、ざっと周りを見渡してみると・・・


敷地の側に墓群が。近づいて見ると、難波一族のお墓でした。作之進さんのお墓もあったよ。

彼の無念に想いを馳せ、手を合わせる私。

案内板は立ってるんだけど、とても中までは入れない雰囲気。

蔵の中の蔵書は、山口県立図書館が一括保管してるんだって。中はもぬけの空、ってことね。

荒廃もかなり進んでる様子。管理人もいない。


敷地のすぐ横には束荷川に架かる古い橋へと続く小道があって、

わんこの散歩してる人もいたよ。




束荷川はやがて島田川に合流する小川。


・・・現代に生きる私がこののどかな場所に立つと、大昔にそんなことがあったなんて

とても信じられないけど、ほんとにあったんだよなぁって不思議な気持ちになるよ。

光市は歴史をひも解くと、なかなか面白いんよね~。


お次は近くの『正義霊社』のレポートをする予定♪お楽しみに!




昨日訪れた『光市文化センター』の展示物において気になった人物を紹介します。

【清水宗治氏】




実は私がこれまで書籍ならびにインターネットで調べてきた光市ゆかりの人物として、

清水氏は、戦国時代以降~現代にかけてかなりのウェイトを占めてる。


~~~ときは織田信長、羽柴(豊臣)秀吉が名を連ねた戦国武将時代、

備中清水城(後の備中高松城:現在岡山県総社市井手に城跡あり)に

居城していた清水宗治。

敵対する羽柴秀吉の奇策、水攻めに遭い(水攻めを考案し指揮したのは黒田官兵衛)

自害するが、生前は毛利家に仕え多大な功績を残した。

それによって、息子である清水影治に毛利家より

現在の光市にあたる浅江村、野原村、島田村、立野村、吉部村を領地として与えられた。

影治が浅江村にもともとあった吉祥寺を宗治の法名をとり『清鏡寺』と改め

宗治の菩提寺とし、墓を建てた。~~~

・・・そんな流れがあるみたい。

ちなみに浅江、島田、立野は光市民には馴染み深い地名だけど

野原、吉部は私は聞いたことないなぁ・・・?野原は最近調べて、今の光市中央~光井あたりと

思われるんだけどどうなんだろう。

今日はもう時間ないから、今度の休みに観光協会さんに問い合わせてみよう!

立野の長徳寺も清水家の菩提寺というのも知ってる。これらがいずれは明治維新の奇兵隊に

まつわる話につながっていくんだよ~!歴史って面白いね♪

清水家と親戚筋の難波家も、市政の歴史を語る上で決してはずすことができない。

こちらもいずれご紹介しますね~。

あぁ、同時進行でWEBサイトの立ち上げの勉強しなくちゃ。

郷土考察なんて果てしないテーマだと、ブログだけだと収集つかなくなりそうだもん(泣)




今日は予てから関心のあった郷土の歴史について本格的に学ぶ第一歩として、

『光市文化センター』を訪ねました。

市民として、敬意を表しまじめにレポートします(笑)





光市文化センターは光市制35周年の記念事業として、昭和55年11月に開館しました。

光市にまつわる歴史民俗資料、科学資料、美術品等を展示しており、

これらを実際に目で見て学べる市民としては非常に貴重な場です。




れんが造りでかなり重厚な外観です。市民の誇りを象徴するに相応しい。

建物自体が傾斜の途中部分に建てられており、その条件を活かして作られた庭園も

見どころのひとつ。




駐車場から見た建物外壁。一見何の建物なのか分からないかも?

青銅のレリーフは彫刻家の門井俊夫氏が製作したもので、

完成当時国内最大級の本格的なレリーフとして話題になったものだそう。

古代エジプトのヒエログリフをモチーフとして左上にある小さい方が太陽、

右下の大きい方が古代の神々。




重厚な外観に相反して、解放感のある吹き抜けのロビー。

1階には事務所・受付、展示室があり、2階にはもう二つ展示室があります。

ひとつは、私がちっちゃい頃には科学についてのミニ資料館みたいなのがあったのですが

現在撤去されて美術品や絵画の展示に利用されてるみたいです。




もうひとつは光市の歴史民俗の常設展示室で、ここら一帯のなりたちについて旧石器時代まで

遡っての資料を閲覧することができます。




中庭にある光市栄誉市民の橋本内匠(はしもと・たくみ)氏の碑。

室積出身の実業家だそうで、光市の文化財設立に多大な貢献をされたとのこと。

実は私がここを訪れるきっかけとなったのは、

この橋本内匠さんのご親戚にあたる方のツテで知り合った方が、

「光市の歴史を知りたいのなら、光市文化センターへ行くと良い」

と勧めて下さったからなのです。ご縁に感謝しつつ、写真に納めました。


私の今回の目的はここを訪れ、光市の歴史を知る上で重要な事柄をざっと見ることでした。

今後はここを中心に、郷土の歴史を深く広く学んでいきたいです。



【光市文化センター】
〒743-0011 山口県光市光井9丁目18-2
TEL:0833-72-5800
入館無料
開館時間 9:00~17:15(入館は17:00まで)
休館日 月曜日(祝日翌日も)、祝祭日(こどもの日、文化の日を除く)、
      毎月第1火曜日、年末年始


ちなみに・・・ここには隣接して『光市立図書館』もあるので、歴史資料閲覧のため

また足を運んでみようと思います。





最近まともにブログできてなくて、いけないなぁ・・・と思ってたんだけど、

今日どうしてもブログに起こしたいことがあったのでついに更新します❤


今年4月に車の免許を取るべく教習所に通い始め、

8月末に無事免許がとれて、車も購入し、自由を手に入れ、

それまでは会社⇔宿舎の往復生活だったのがにわかに激変した今日このごろ・・・。

食生活も、生活習慣も、何もかもが変化してしまい身体のあちこちに異変が・・・。

以前の、宿舎で慎ましい仙人暮らししてた頃の方が幾分健康的だったのかなぁ?



健康に不安を覚えるって、こわいよね。私も最近こわくて、もんもんとしてたの。

今のままでいいのだろうか?この不摂生な生活がいつか祟るのでは・・・?ってね。



そんななか、お姉ちゃんが「一緒に行かない?」と誘ってくれたのが、

あるお医者さんによる『健康座談会』。

今日は周南市櫛ヶ浜の冨永酒造さんとこで行われた、その『座談会』に行ってきました!


講師の先生は脳神経外科専門医であり医学博士である 田中 佳(よしみ)先生。

講習は、主に免疫に関するお話や健康な身体を作るにはどうするか?

そして現在の医療についての真実ならびにウラ話??についての内容だったよ。

話の内容はごく真面目で説得力があるのに、シュールな冗談で場を笑わせたりして、

もっとお話が聴きたい!って気持ちになった!


これを機に、生活習慣を今一度見直して、医者要らずで幸せで豊かな人生を送りたいと思います♪


ちなみに・・・先生もアメブロしてるって伺ったので、さっそく読者申請しちゃった♪

皆さんも見てみて下さいね❤人生観変わるかも(^_^)v
↓  ↓  ↓
田中佳先生のブログ



 





イエモンの楽曲のなかで一番好きなのは『My Winding Road』だけど、

その次に好きなのがこの『熱帯夜』。

背徳と官能の甘美な雰囲気が艶っぽい。

それにしても吉井さん・・・この頃御年27歳でこの色気(@_@;)

私も今27歳ですが到底及びませぬ。うーん、羨望。










もうっ、かっこよすぎるぅ❤❤

B'z大好き❤

いちばん好きな曲は『Calling』かな!

歌詞がいい!「必要とし必要とされていることそれが全て」・・・響くね!

あ、でも年齢を重ねるごと好きな曲が変わってるような?

昔は『愛のままにわがままに・・・』とか『ZERO』とかが好きだったのにねぇ。

う~ん、でも、やっぱり全部好き❤❤❤







好きだな~こういう世界観も。


映画『アシュラ』の主題歌らしいけど、そっちは観てない。


予告編を見た限り芥川龍之介の羅生門的な印象があった。


今度レンタルして観てみようかしら。







昨日はブログで宣言したとおりリキッドソープを作りました♪

初めての試みだったんだけど、いや~、面白かった!!

何がって、作る工程は驚きとドキドキの連続。これだから石けんづくりはやめられない♪




スフレ状態の石けん素地


SOLUNAR





油+苛性ソーダ+水+アルコールで作るリキッドソープ。

作る際は劇薬でもある苛性ソーダの取り扱いとか、アルコールが引火しないよう火の気に注意したりで

多少気を遣うけど、なんだかやっぱり小学校のころの理科の実験みたいで面白い~~♪

上の写真はすべての材料を均一に混ぜているところ。

化学反応起こしてブクブクもこもこ泡立ってきたー!!表面はまるでスフレのようなしゅわしゅわ、ふくふく感。

この反応がおさまるとフルーチェみたいなプルプルとろりん感に変わる。

そのまま混ぜていくと今度はこしあんを練ってる感じになる。

や~面白いっ。みるみるうちに変化していく過程がやみつきになりそう❤

あとは素地を1日~1週間寝かせて、水で希釈して完成♪


反応が穏やかで熟成に1ヶ月あまり要するコールドソープに対し、

リキッドソープはお急ぎの方向け??


今回使用した材料をメモしとこう。

マリーゴールドのインフューズドオイル、ひまし油、苛性ソーダ、精製水、アルコール

アルコールはレシピには無水アルコールって書いてたけど、

うちに無いので代わりに消毒用のパストリーゼ(飲食業の人は知ってるかも?)を使ってみた。


使った器具を洗ったときに、付いてた石けん成分が勢いよく泡立って気持ち良くすすげたので

ひとまず成功ってとこかしらん?

今寝かせてる素地を解禁する日が楽しみ❤❤