遅くなりましたが、新年のお慶びを申し上げますヾ(*´∀`*)ノ
実は新年を迎えるちょっと前にインフルエンザにかかっちゃって、
お仕事休むハメになったりなんだりで凹んでおりましたが、復活致しました~♪
2014年はもう少し自らの健康管理に余念なく元気に過ごしたいもんだ・・・(;´Д`)
さて、前ページでお約束してましたレポートより本年のブログ初めをしたいと思います。
今回レポートする正義霊社(せいぎれいしゃ)は、
・・・多分光市民にもあんまし知られてないんじゃないか?
と思うぐらいひっそりとした存在感。
まずよく調べてからでないと行こうにも行けんような場所にある。
JR島田駅近くの山田団地および高杉団地の近くにあるんだけど、
初めての人は島田駅より県道144号線を玖珂方面に上る途中、光自動車学校に
行く道に入って直進、介護福祉施設の和光苑の角を右折するといいかも。
しばらく行くと右手にこんな看板が立ってるから、その辺にそっと路駐してね。
光市観光協会さんの看板。クリックして拡大して見てみてね!
看板左手の、階段から山の中に入っていくんだけどさ、これがめっちゃ怖いのよ~
ちっちゃい頃は肝試しとか割と平気だった私でも何か恐怖というか畏怖を感じるぐらい。
うっそうとした暗い静かな雑木林の中の階段を登ると、坂の中腹に鳥居があるの。
鳥居をくぐるとそこはちょっとした広場というか辻になってて、
右手にはこんな石碑が建ってる。

・・・読めん。・゚・(ノД`)・゚・。
たぶん神社建立の云われが彫ってあるんだろうかな~。
そして、左手にはもう一つ鳥居があって、その奥にはお墓があった。
こちらはさすがに気後れして写真には撮れなくて・・・
明治維新時、第二奇兵隊総督だった萩生まれの 清水親春 さんのお墓。
当時を偲びつつ、一礼と手を合わせました。
先ほどの辻より石段を登り詰めるとお社にたどり着きます。これが『正義霊社』

元々の由来は、戦国時代に秀吉に滅ぼされた備中の清水宗治の嫡子(跡継ぎ)景治が、
江戸時代に入ってから故郷の備中国賀陽郡清水村(現岡山県総社市井手)の
稲荷神社の霊を分祀して、これに宗治の神霊を合祀したのが始まりだそうな。
(総社市の稲荷神社、調べてみたんだけど現在それに当てはまる神社が無い・・・。
もしかしたら、総社市の総社宮もしくは最上稲荷に関連があるかも?)
んで、その後、宗治の百回忌に名称を正義霊社に改めたのと、
明治維新前夜に23歳の若さで殉死した清水親知の神霊を合祀した歴史を持つみたい。
ちなみに親知のお墓は萩の東光寺にあるんだって。法名は「二沢院殿向山義雄」
向山文庫【光市立野】 の名前の由来となったんよね。
ちょっとだけ、お社の一部を公開。
しかしまぁ、郷土の歴史に興味が無ければ、絶っっっ対来なかったろうな、ここ・・・。
きっと知ることすら無かったと思う。なのにこんなご縁があってつくづく不思議だなぁ。
何に導かれてるんだろう?分からないけど、知りたい気持ちが止められないや。
さて、次はどこに行こうかな??((o(´∀`)o))ワクワク


