エッセイタイトル
【KEEP SWIMMING 2】
〜 自分を救うのは自分でしかない〜
ー無糖ソルトー
お互い様だから……と落とし所を見つけたはずのその後のモヤモヤ
母は勝手だ。
そのうえ卑怯だ。
こんな思いをこれまで何回してきただろう。
今回は、母からかかってきた4ヶ月以上ぶりの電話がソレだ。
以前に書いたけど、私は母から愛情を貰えなかった子供なのだ。
母には自覚がないらしいけど、それはきっと嘘だろうね。母以外は皆、私と同じ見解なのだから。
もし真実、嘘じゃないなら、都合よく記憶の上書きをしたのだろう。
そもそも、母は姉(長女)が大切な人で、次女の私は性格や気質が自分の範疇に収まらなかったのか、随分と無下に扱われた。
姉と比較され、下げられて、ダメだしされてきた。
「お姉ちゃんは、忍耐強くて根性があって根気強くて物事に取り組めるけど、あなたは、飽き性で根性なしで三日坊主で何も続けることができない、根無し草ね…」と、小学生時代に一体何回言われただろう…?
悔しかった。
でも、私はそこで泣くようなタイプの子供ではなくて、悔しさを轟々と焚べて燃料にして見返してやりたいタイプだったのだ。
いや、見返したいんじゃないな。
褒められたかったんだな。母に…。
あなたは凄い、と。
だから、「ふーん。じゃあ、その逆になればいいのか」と思ったんだ。
つまり、飽きっぽくなくて、根性があってコツコツ継続する力があって何かを成し遂げれば文句ないんだな。そして認めて褒めてくれるんだな。と考えた。
そこから、自分矯正が始まったわけだよ。
結果、20歳までには、そうなれたから、どうよ? と。ワクワクしながら母のお褒めの言葉を心待ちにしたけど、
もうそのころの母は、そんなことには興味はなく、巣立って家をでた姉の心配ばかりしていた。
そして、いつしか「優秀なあなたは1人でなんでもできるよね。でもお姉ちゃんは違うから心配なのよ」と言う様になった。
その時、知った。
あー。つまりは、私は不出来でも出来が良くても母の関心には入れないことを。
それはその後もずっと続いた。
で、姉が結婚してから母はもちろん姉とその子供たち(孫)を溺愛し、わたしのことはもちろんこれまでより放ったらかした。
ただ、姉の次女が隔世遺伝で私に瓜二つらしく、その子を見ることで私を思い出すことになる母は、
目を離すと何をするか分からない子…と言っていたから、私も母にとってはそんな子だったんだろう。
それを聞く度に、
すみませんね…。
手のひらに収まらないタイプで…と。
心の中で皮肉ってスルーする術も身につけた。
18歳からずっと離れていて当時は帰省も数年に一度で。
親不孝といえばその部類に入るかもしれず、たまには親孝行しなくてはと、30歳過ぎてからは帰省したり電話したりと母に接してはみた。
(しかし実は当時は母との関係性は父親のソレに隠れていて表面化せずに奥底で燻っていたのだよ。父親とは別の意味でさらに酷いシコリがあり、それはわたしの結婚観に影をおとすことになるのだけれど、それはまた別の機会にお話するとしよう)
でも母からでてくるのはいつも姉と孫のことばかりで、わたしの近況とか全く気にならないようだった。 しかもそれは、20年ほど続くのだ。
そして、ここでようやく、話は冒頭に戻る。
年末から4ヶ月も連絡してこなかった母。
つまり、その期間は淋しくなかったんだろう。
実は昨年12月、言葉の行き違いというか、なんてことない話を思い切りネガティブに受け取って勝手に怒って、わたしの誕生日にすらおめでとうメールも送ってこなかった母。
(生まれてこの方母からプレゼントは一度も貰ったことはないけど、おめでとうの言葉だけは貰ってきた。でも昨年はそれすらもなかった…)
だがしかーし。
その1週間後の母の誕生日に、なんとわたしもおめでとうメールをしなかった。
ほら、お互い様精神で生きると決めたから。
そうしたら私は気分を悪くする必要もないんだから。
しかし、それに対して母はさらに気分を害したようで、姉にわたしが如何に腹立たしい奴かをチクったらしい。
が、その時姉は意外にもわたしの味方をしたそうなのだ。
(まぁ、客観的に私は悪くなかったから当然といえば当然なのだけれど)
さらには、なにやら母に説教までしたらしく。
そこで初めて自分に非があることを認めざるを得なくなった母は生まれて初めてわたしに謝罪の電話をしてきた。
もう、驚きだった。
誰に対しても
絶対に謝らない人だったから。
(社交で「すみません…」と言うことはあっても謝罪というより枕詞にちかい)
だけど、その電話も、なぜしてきたのかといえば、改心したからではなく、姉と孫がその日、実家に泊まらなかったからだ。
毎年、母の誕生日には泊まっていた姉たちが、その日はすぐに帰ってしまって母はポツンと1人ぼっちになってしまったのだ。
6年前、父は他界しているので……誕生日に1人は堪えたのだろう。だから、わたしに電話してきたのだ。
母はいつもそうだから。
姉や孫に相手にされなくて淋しくなったときだけ、私のことを思い出すようで。寂しくて電話してくる。
でも、それでも話題は姉と孫の話だけ。
わたしの近況には興味ないんかい!と突っ込んだところで仕方ないので、言わないけれど、
もっと、母自身の話をしてほしいし、わたしの状況も聞いてほしかった。
でも仕方ないのだ、母のすべては姉なんだから。姉の話しかでてこないのは…。
で、今回、4ヶ月ぶりの電話も典型的なソレだった。
姉たちに相手にされず、寂しすぎて、「もうあなたしか頼れる人がいないの」などと言ってきた。
んー。。。
えっと…。やっぱり覚えてないんだねぇ。
あれは何年前だったろう…。
わたしがアレルギーで苦しんて寝込んで大変だったときに、もちろん何も知らない母が、今電話していい?とメールしてきて
斯々然々で寝込んでいて無理だと返信すると、「あ、そう。お大事にね」とだけ返信して、
わたしの様子が気になるようでもなく、話し相手になれない状態だとわかった途端、あなたはわたしを切り捨てたんだよ。お忘れか?
わたしはあなたに伝えたはずだよ。
2ヶ月もしんどいんだと…。
あれ? もしかしてアレルギーって皮膚にブツブツがでて痒くなるだけだと思ってるのかな?と驚いたのを忘れないよ。
アナフィラキシーの一歩手前だと伝えたはずだが……と、あの時もショックだったけど、
今回も話し相手が欲しかっただけなんだね。分かってる。分かりすぎてる。
でも、あたしが無下にしないのも、あなたは分かってやってるから、卑怯だな…と思うんだ。
結局、今回も2時間も電話につきあった。
わたしが冷たくできない性分なのを、アレは野生の勘で分かってるんだろうな。
まぁ、激甘い、チョロい娘だからさ、足元見られているんだわ。
「もう、わたしにはあなたしかいないの……」だなんてタチの悪い男のセリフと似てるよ、まったくさ。ズルさ満載すぎて逆にアッパレだよ。
わたしにはとてもできない芸当すぎてお見逸れしましたって言うしかない。
それでもだ。
度し難いのは、ほんの少しだけ嬉しい自分がいること。
母から、「あなたと話せて良かった。元気が出たよ」なんて言われて、満更でもない自分がいること。
母の慰めになって、ちょっとは助けになれたのかな…と思ったら、じんわり瞼が濡れたりして…。
傷ついた子供って、ほんとチョロいんだ。
なんだよ。わたし。
ただの暇つぶしにされただけなのに、こんなに揺さぶられて複雑な涙が溢れてくる。
このまま、本当に頼りにされるのなら自分を犠牲にしてでもUターンして母の面倒をみてしまうかもしれない自分がいて、怖い。
でも、わたしはそんな日はこないことも知っている。
天地がひっくり返っても太陽が西から昇っても母の1番は姉でしかないのを知っているから。
自分を犠牲にしたところで、それが変わることはないのだから…。惨めでしかない。
私はもうこれ以上傷つくわけにはいかない。
自分を守るためにも母のもとには戻らないし面倒もみない。何度も自問自答してそう決めたはず。
あなたが1番大切で大好きな姉に面倒みてもらいなと、最強の独り言で、もろい自分に蓋をする。
都合の良いコマにはなるな。
自分を救うのは自分だ。
自分しかいないんだ。
だから、誰よりも自分を優先して
自分を大切にするしかない。
自分が悲しむことはやっちゃダメだ。
犠牲が美徳な時代はとっくに終わってる。
揺れる心には深呼吸が必要だ。
ゆっくり深い呼吸をして…
自分を救うヒーローになるんだ。
と、強く強く強く。暗示をかける。
自分のやりたいこととそうでないことを明確にして、たとえ誰かに恨まれようとも、自分は誰も恨まないでいられる選択をすることを、また、改めて誓った。
それが自分の望みだから。
続く…
© 2026 無糖ソルト


