エッセイタイトル
【KEEP SWIMMING 4】
〜人の心配より自分のこと〜
最近の私は母に対してネガティブな感情が殆どない。このエッセイ【KEEP SWIMMING】をアウトプットしているおかげかも知れない。
こんな重たい感情を友人知人に聞いてもらうわけにはいかないから書くことにしたわけだけど、心の整理にはかなり良かった。
それに、傷って跡が残らないほど癒えてしまえばどこにあったかも、それがどんな傷だったのかも、どんな痛みだったのかも忘れてしまうもの…。
視えない傷なら尚のことだ。
たからこうして書き記しておくことで感情の履歴とそれにどのように向き合ってきたかを振り返ることができるので、書くことは私にとっては良いことだと思う。
母にはいろいろ思うところがあるけれども、今年83歳になるのに、まだまだ健康で誰の手も煩わせずに生きてくれているのはありがたいし、すごいことだと思う。
父が他界してはや6年。それまで1度も独り暮らしをしたことのない母がどれだけ寂しい思いをしているかは想像に難くない。
私があと30年後に今の母のように独りで元気に暮らせているだろうか…と思うと、その点では素直に尊敬している。
一緒に暮らしたい思いはあっても世話にはなりたくないプライドも同時にせめぎ合っているであろう、母。
結婚していない私は配偶者や子供への責任に縛られることもないのだから、Uターンして母と暮らすのが親孝行だろうということは一般論として重々理解しているが、離れているからこそ上手くいくこともある。
だって、合わせることを知らない母と共同生活はムリなのだ。違いを尊重してくれるのならなんとかなるかもしれないけれど…。
尊重してくれない…とかいうと了見の狭い母親みたいに聞こえるかもしれないけれど、相手の生活パターンや生き方を尊重できないというよりは、母には一日のルーティンがあって、その通りに暮らさないと心身に支障をきたすタイプなのだ。
少しでも違うことをすると血圧が上がったり睡眠障害がでたり、すぐに不安になるタイプで…。
マイルール、マイタイムを一切崩せないタイプ。
だから、【いつも通り】を壊すものはストレスでしかないのだ。お出かけも苦痛。
よって今のままの距離感を大切にしながら歩み寄っていくのがお互いのためだと思う。
それに、母の行く末を心配するよりむしろ、私は自分の行く末を考えるべきだろう…。
母には70後半まで配偶者がいて、独りではなかったし、子供も孫もいるから、いざというときは私のように全くの独りではないのだ。
そう。
わたしこそお一人様。
50代といえど、やっぱりLIVING&ENDINGノートを書いたり、終活ビジネスの会社をリサーチしたりし始めるのがいいだろう。
早い人は40代からやってる。
慎重な人はもっと早くからやっているかも知れない。
人間、いつ何が起こるかは誰も知る由もないのだから。粛々と準備だけはしていこう。
備えあれば憂いなく人生を楽しく泳ぎ続けることができると思うから。
おわり
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このエッセイ【KEEP SWIMMING 1〜4】を最後まで読んでくださった方ありがとうございます。
長ーいので、なかなか読んで貰えるとは思いませんが…一応、自分の備忘録としての役割も持たせていますし、もしわたしと同じように「赦せない自分を赦せない」「罪悪感に苦しむ」「自分と向き合う作業をしている」人などがいらしたら、ほんの少しでもなにかのお役に立てれば…とも思ったりしています。
もし読んでくださるそんな奇特な人がいらしたら感謝しかありません。
無糖ソルト


