ゆく川の流れは絶えずして
誰かのネット回線が、調子いい。
こんな夜遅くに(といってもまだ12時前だけど)ネットを開くのは久しぶり。
忘れたころに連絡を取ってくるって、
結構男もやるな、と思った。笑
まあそれに翻弄されるような不安定な状態でもなんでもないから、
ただそう、思うだけなんですが。
心に余裕が無い時ほど怖いものはない、と最近悟った。
見誤っていることをわかっているのに続けてしまうこととか、
結局それで乱されると感じているのにすがってしまうこととか。
それがきっと私の心の逃避形態なんだと思う。
その一瞬の快楽に勝てなくなってしまう。
そして、手に入れようとしてしまう。
その時「好きだ」と感じていても、よく考えればそれは錯覚かもしれないし。
まあそれも好きの形と言えば、そうなのかもしれないし、
ただ今はその時の自分を認めたくないだけなのかもしれないけど。
その時の自分は、彼のことを好きだったのだ。
今の自分は、彼のことを好きではないけど。
とにかく、学んだと思う。色々と。
とりあえず、私が「好きでしょうがない」とか「どうしても会いたい」とか
よく思ってる時は要注意。
きっとそれは私の精神の歯車が、どこか狂っている可能性大。
あの時はあんなに好きだと思っていたのに、
こんなに冷めてしまって
彼は少し気の毒かもしれない。笑
ごめんね。
でも良いんだ。
「ゆく川の流れは絶えずして
しかももとの水にあらず。」
時は移りゆくのだし
気持ちも移りゆくのだし
君も変わるし僕も変わる。
こうやって、自分の答えを見つけてく。
その時の自分にさようなら。
サンダル
たまごの黄身がこぼれ落ちそうになってる太陽が
向こうに沈んでゆくのを初めて見た。
なんて色気のない表現。
でもこれがきっと一番近い。
砂漠のように広がる砂浜に
波が不規則に打ち上げていた。
貝殻がたくさん落ちてた。
砂の表面を掬いとるように
風が吹いた。
表面が細かく波打って
水の無い白い海のように無限に広がっていく。
貝殻が欲しくて下を向いて歩く。
こんなに綺麗で大きな海を見ないなんて
もったいないと頭の隅で思った。
風に吹かれた長い髪が
何度となく視界を邪魔した。
飛んできた砂が出ていた足首にあたって
少し痛い。
せっかくの砂浜をパソコン片手に歩いた。
なんて風情のない。
前から走ってきた子犬に飛びつかれた。
幾度も私の周りを飛び跳ねて
飼い主たちは焦ったように駆け寄って来て
その子犬に何かを言い聞かせてた。
大丈夫、可愛かったから。
海は好きじゃなかった。
汚いし、しょっぱいし、虫がいっぱいいるし。
極めつけは泳げないし。
潮風は寒いし生臭いし。
砂浜も嫌いだった。
あのざらざら感が嫌だったし、一度踏みいれたら
砂の粒がどこまでも纏わりついてくる気がして。
今は好きだ。
少なくとも、ドライブで連れて行かれる夜景なんかより、ずっと。(笑)
今日はサンダルで良かったと思った。
空の向こう側
空の向こう側とか
世界の果てとか
そんなのは、どこに在るんだろう
死後の世界、は存在しないと思っている
小さい頃、飼っていたインコが死んだ時
死後の世界はあると信じてた。
だから、私がその子に宛てて話しかければ、その世界から聞いてくれると思っていたし、
飼っていた金魚が死んだ時も、きっとその子たちは皆一緒に、その世界で暮らしてる
だから寂しくないなんて思っていた。
でもそれは言ってしまえばただの願望だ。
実際にそうであるなら、そんなに良いことはないと思う。
例えば両親や友人や愛する人が死んだとして、
私が死んだときにその死後の世界で再会できるなら、
もしくは輪廻のように、また同じ世界で再会できたら、
それはとても幸せかもしれない。
でもきっと、死んだ時点でその人の何もかもが消えてしまうんだろうな、と最近は思う。
その人自身の、体も記憶も思考も、全て全て、消えてなくなる。
確かに存在したはずなのに、息の根が止まるその瞬間に、全ては存在しなくなる。
だから、私が飼ってたインコも金魚もうさぎも、皆もう消えてしまったんだ。
そして周りのものの記憶だけにしか、残らない。
ただその記憶だって、永遠なわけではない。
忘却はいつの間にか訪れている。
忘れたことを、忘れている。
私たちの記憶はもろい。
年を取って、何もかも忘れることだってある。
そして、忘れたことを忘れたまま、死んでしまうだろう。
そして消える。
だから、私の全てが消えてなくなるまで、
たくさんを学んで、たくさんを感じて、たくさんを刻みたい。
例え記憶として忘れてしまっても、きっと体のどこかが何か覚えていると願いたい。
匂いとか音とか感触とか、風とか海とか雲とか。
この体いっぱいに詰め込んで、そして弾けて消えれば良い。
