キリストの誕生日に悟る。
最近忙しいのもあって、一ヶ月弱会っていなかった。
その前に超微妙な雰囲気のことが何度かあった。
一年経つし、いろいろ中身が見えてきたとこなんだけど。
そんで、合わないなーって思ったとこも結構ある。
初めから、視野の広い人ではないと思っていたけど、
私が思ったよりもずっと、狭い世界で生きているようだ。
そして今回、本人が言ってたけど、
年の割に子供の部分が大きいらしい。
そう言われてみれば、そうなのかもしれない。
小さなことが積み重なって、つまらないと思うことが増えていた。
なんだか自分がとても卑屈な人間に思えて嫌だった。
今日カフェで向かい合ってて、ふいに別れることがよぎった。
なんとなく、未来が想像できなくなっていた。
結婚して子供がいて、とかそういうのじゃなく、
一緒に住んでみる、とか、近い未来の想像が出来ない。
でも、
未来が見えないから別れるとか、
それもどうなの?と思ってその想像をやめた。
「こういう時はこれをしたくない?」
とか
「今これ食べたい気分だよね?」
とか
なんの根拠があって言うんだといつも思う。笑
趣味が違って、好きなものも違う。
もちろん偏食の私には食べ物選びは難しい。
だいたい私の返事は(口にしてもしなくても)
「いや別にしたくない」「食べたいと思ってない」
なぜ自分と同じだと思うのか?
そうではなくて、
ただそうしたいから一応聞いているだけなのか?
私がこうしたいと言わないから言うのか?とか。
客観的に考えるととてもくだらないことだけど、
実は結構なストレスになっている。
向こうからしても、こういう私の対応はストレスかもしれないと思う。
こういうことが多々あって、その度に答えに詰まる。
初めの頃は、好きなようにしたらいいと思っていた。
私はなんでもいいから、君が満足なら私も満足だよ、と。
どうやら私はそういう人間ではないらしい。
私にも、多少なりともこだわりとか、譲れない部分があって、
だから反論したくなるし、テンションが下がったりする。
私が提案することもできるけど、
興味なさそうにしてるのが申し訳なさすぎて、
遠慮したくなる。
好きなものが、違うのだ。
わかりきったことだ。
今までは、合わない部分が見えてきて、
我慢して、頑張ってみて、
それでも状況が変わらなければ先がないかもと思っていた。
でもそうじゃなくて、
簡単に言うと、
私が変われば良いのだと思う。
変わるというよりは、大きくなるというか。
考え方を少し変えて。
まず、きらいなものを見つけたら、
その良いところを考えてみる。
例えば、タバコが嫌い。
煙い、匂いが移る、喫煙席で食べるケーキはまずい。笑
と思ったら、良い部分もあげてみる。
タバコ持ってる手が好き、吸ってる仕草が好き、とか。笑
嫌だと思って過ごすより、
すぐに見いだせなくても良い部分を考えて過ごすほうが良い。
食べ物も、
例え嫌いなものをすすめられて
「おいしいのに」と言われても、
すぐに嫌いと言わずに、試してみればいい。
昨日までは嫌いでも、
今日のコレはもしかしたらおいしいと感じるかも、と思って。
そう思って、今日は大根おろしを試してみた。
やっぱりだめだったけど。(笑)
例えダメでも、試してみるほうが少しだけ楽しいことがわかった。
例えば君が「これはこの方が良くない?」と言って、
私がむっとして「いや、良くない」と言い続けても、何も変わらないのだ。
ただ、
合わない部分が露見するだけで、
なんの進展も見せないし、良い気分になることはない。
だから、私はそれを笑って
「そうだねぇ」とか
「えー嫌だー」とか
言えるくらい穏やかな気持ちで君を見られたらいいと思うのだ。
だから君の前で、
むきになって自分の意見をわかってもらおうとするんじゃなくて、
そういう部分で一人っ子の私を卒業すれば良い。
「しょうがないなあ」くらいの気持ちで笑えるようになったらいいなと思う。
あと、失礼な話だけど、
この人は馬鹿だなあと思うことがある。笑
別に学力が低いから人間だめだとは思っていないし、
見下しているつもりもない。
ただ、例えばいつか私の周りの人に紹介したりした時に、
そういうところが表に出て、大丈夫なんだろうか、
と思う日が来そうだなあと
想像したりする。
私も学力に関しては全くあてにならないのだけど、
それなりに、知っていることは少なくないと思う。
相手が自分より何かができたり、
ふと知識が見えたらかっこいいと思うのは当然だと思うので、
そうだったらいいなーと思ったりもするわけだ。笑
せめてもう少し本を読んだらいいのに、とかさ。
そう思ってたけど、
そうじゃなくて、
私は君のそれを補えるくらいのものを身につけていけばいいと思った。
例えば、
「簡単な計算くらいやれば?なんでやらないの?」じゃなくて、
私自身が計算すればいい。
そのほうが私にとってプラスになる。
だから、
彼が「必要ない」と思うものも、
私が知っていれば問題ないなと思う。
損になることは一つもない。
本だって、私が倍読めばいい。本は好きだ。
結局、
嫌だな、と思うことは、
多少なりとも“理想みたいなもの”があるからで、
合わない、と思うのは
“今の自分には合わない”という話で、
じゃあ自分が少しでも変わったら、それも変わるかもな、と思う。
理想を抱くよりは、
求めるものをまず自分が満たしているかを考え直そうと思う。
我慢して頑張るんじゃなくて、
考え方を変える努力をしてみる。視点を変えてみる。
そしたら私も少し変われると思う。
そんなことを悟ってみたクリスマスの今日。笑
好きだ、と前みたいにストレートに思えるかと言われれば少しまだ複雑だけど、
自分が思っているよりも、君を大事に思っているのだと思うし、
この関係を大事にしたいと思っているようだ。
じゃなきゃこんな風には悟らないな。
結婚願望?
結婚願望がある、って
大抵の人は
「結婚はしたい」と言う。
理由はそれぞれで、その時点で恋人がいる人もいない人も。
そんで結婚願望のある人は、
付き合う相手に少なからず将来を見出そうとしているだろう。
私も「結婚はしたい」。
ただし具体的にしたいと思ったことはない。
ただ、私は一人っ子だから、
両親がいなくなって一人になる前に、家族が欲しいと思う。
一人で生きて行くよりも、何があっても信頼のおける唯一無二の人が欲しい。
結婚が家族を作ることに繋がるなら、やっぱり「結婚はしたい」になる。
もうひとつ。
私には結婚願望が無い。
はじめにに書いたような、
一般的な、大抵の人が思い浮かべる意味での「結婚願望」は無い。
何故かというと、
結局のところ私一人が「結婚したい」と思っているところで、
結婚は出来ないのだし、
私は「結婚したい」ことが重要なのではなく、
一緒に生きて行きたいと思える人に出会って初めて「結婚したい」なのだと思う。
「隣にいる人」と「結婚」は必ずしも平行線ではない。
しかしそろそろ、ごまかせない年になってきたらしい。
そういうことも、きちんと考えなければならないのかもしれない。
それでもきっと、
もしもいつか、
人生の中でも最大のイベント(?)と言われる「結婚」をすることになっても、
きっと私は変わらないんだろうな。
それがゴールだとは思っていないし、
きっといつまでもゴールだとは思わないだろう。
「結婚」という形を成した、
自分の人生の一部に溶け込んでしまうんだろう。
ただ、
得るものはきっと大きいんだろうな。
断捨離(ってこうだっけ?)
捨てたくない、と
捨てられない、は違う。
捨てたくないものがある。
でもそれは、
捨てられないものには敵わない、
のかもしれない。
私には
捨てられないものがある。
一生、捨てられないと思う。
捨てたくないものと、
捨てられないものを選ぶ時が来たら。
どうか。
そんな時が来ませんように。
と願いながら、
ああ、そんな絵空事でもないような気がしてる。
