自家製という贅沢
食材には生命の為の根源物質が備わり、エネルギー産生のための要素が身体の中でとてつも無い化学工場のような仕事をしてくれている。
自分で作り出した不調には、自分で取り組める症状軽減対処法があるにも関わらず、毒を溜め込む人類。
今や、その犠牲は人類だけではないけれど。
人類と歴史を共に生き残ってきた薬草やハーブも栽培に、そして今種苗にもとんでもない規制が降りかかり、良しとされてきた成分も使用禁止になる真逆の政策とは何を意味しているのだろう。
と不思議に思う人は意外に少ない。
私達が発信している、日本の伝統調味料や伝統食材、その調理法は風土が生んだ命の循環のためのツールである事。
それを風化させてしまうことは、命の終わりを告げていると言って過言ではないと身体は言っている。
自家製は一番の贅沢になってしまった。
#伝統美養塾
#食卓和文化継承士
#キレイな日本人プロジェクト
医療の形は自分で選ぶ
2年前の様子のシェアです。
医療を取り入れる形は、
ご自分で決めないと後悔します。
【医療の本質とは何か、介護しながらこそ、自分のこととしてよく考えよう】
90歳近い老人が、
夏バテで1週間固形物が食せず、
やっとの思いで点滴でも受けたいと近くの医院で受付から順番待ち4時間半。
もちろん待合室で待機などさせませんでしたが、診療時間ものの2分。
血圧144-88
血色良し。
頭も冴えてる。
聴診器をあて、
お腹を触ってみる。
取り敢えず異常はない。
口から入れるものに関しては、
食材からしっかり三大栄養素は摂り入れ、
自然なファスティングと同じだもの、
この様子は当たり前🤣
つまり、
夏バテだと私は思っている。
にも関わらず、
何かあるといけないので、
胸とお腹のレントゲンをまず撮って、
血液検査をしましょう。
えっ?
医者とは、
何をする人ぞ?
今ここにいる患者が、
何で辛くてここに来て、
医療のお世話になりたいと思っているのか。
食べてないのだから、
まずは栄養供給の点滴でしょ。
腰も曲がり、何で一人で立つのも苦痛な88歳の年寄りをレントゲン室に一人で立たせてこんな無理をさせようとするのか私には理解ができない。
レントゲンは今回はしないで欲しいとお願いすると、看護師は先生に聞いてみましょう。今はそれもいいですよね。
と言ってくれたが、その後2回同じ事を繰り返したが、先生はレントゲンを撮らないというのなら、お帰りいただくことになりますとの事。
今見えない病気を探してくれることが目的で行ったわけではない。
医者とはいったい何をする職業なのか。
今にわかったことではないが、
年寄りからは奪えるものを奪えないなら、さっさと死んでください。
と言わんばかり。
経験値と理屈で乗り切ってやるわい。
と、鼻息も荒くしながら帰宅。
お陰で母の頭は冴えているので、
理屈をあれこれ伝えながら、
介護用のご馳走を準備する。
これも、
私の提唱する、
本当の食卓力。
だから、
何という事はないけれど。
経験値として実証のための、
レポートもしっかり作って、
これからの策に備えよう。
善も悪も、
全ては学び。
とは思いつつも、
また嫌な一面を目の当たりにした。
少しずつでもね。
口から、
自然の食材から。
今、貴女に必要な栄養素の在り方、摂り方なのよ。
#キレイな日本人プロジェクト
名残りへ
間も無く庭の夏野菜も「初物」に感謝し、
「旬」に喜び、
「名残り」へと移ろう。
走り、盛り、名残り
日本の季節独特の言葉はかず多くあれど、
食にまつわるものだけでも、どれだけ心豊かにしてくれるのかと感心する。
今朝父がこの籠を下げて台所に運んできたのはこれだけ。
裏庭の柿や栗が今青々とその時を待っている。
私達の暮らしの中に大切なルーティーンがあるように、季節のにもこうして太陽の巡りを感じながら自動的に行なっている。
太陽や空気、そして空の色や雲の形の変化に、豊かな心持ちを委ねて深呼吸している人はどのくらいいるのだろう。
暮らしの場にもよるのだろうな。
両親と暮らしていると、
感じ取るべき大切な時間に多く触れる事ができる。
目の前にある、この瑞々しい果物達の恩恵にも。
なんて事ない写真ですが、
私にとっては意味がある。
当たり前こそ、暮らしの物語
【さりげない家族の毎日こそ、暮らしの物語かな】
実家で両親と過ごすようになって3回目の夏。
ようやく、父と母の暮らし方のルールにも慣れてきた。
毎日が何の変わり映えのしない2人だけの日常は、さぞかし退屈であろうと見守ってきたけれど、これがこのルールの中に突然飛び込むと結構なストレスになる。
昭和の生真面目な世代なので、几帳面、丁寧なのは言うまでもなく、働きがまさに最上の喜びとばかりに、まめに動き、そこまでするかと言わんばかりまで手を抜きません。
そんなわけで、
朝5時には起きる私ですが、7時ちょうどには階下に降りて、まずは部屋中の床掃除。
箒ではいて、角やさんの隅々まで雑巾掛け(これ気持ちいい)。
スリッパを履かずに足の裏が気持ちが悪くないように小さな、小さなゴミも無い床に仕上げます。
父は、庭の掃除と昨日のゴミのまとめ。
その後仏壇のお世話。
朝食準備と片付けは私の役割。
これが一通り済むのが、8時30分頃。
このルーティーンが狂うと、
私まで何か流れが違ってやりにくい。
人と人が一つ屋根の下で暮らす、
まさに暮らし道とは、
こう言う事なのだ。
互いにストレスを感じないために、
そこに生活している人々の心を曇らさず、過不足ない日常が一番幸せなのであろうと理解する事。
これ、
きっと、嫁だったら難しいなぁ。
毎日出勤の仕事人時代にも辛いなぁ。
今だからできる、
相手の心を曇らさないために、
グッと言葉を飲み込み、
無駄な諍いは避ける。
この事で、コルチゾールを増幅させずに済むかと思うと、確かに損はない🤣
人が生きていくには、
お手本が必要だし、
親はまず一番初めのお手本であったに違いない。
お手本の模倣から自分の在り方が形成されてきたはずなのだから、先方にもある程度責任を持ってもらいたい。
もちろん自分にも言い聞かせてます🤣
ですので、
しっかりと「生き切って」頂かないと困るのです。
と、
私からも、
暮らし方のルールとしての意見を言わせてもらっております😁
さあ、
今日からまた、
大切な仕事のために、
走ります。
急足し程度にしかならないかもしれませんが、やるべき事が山積みだから。
大切な人達と、
#永続のための継続 作業を続けます。
AIな私でごめんなさい。
#キレイな日本人プロジェクト
#身近な人からの幸せを
#伝統美養塾
鰯の揚げ焼き丼に変身の巻
毎度、ご飯報告のようになってますが、
食の備忘録として残します。
今宵は、鰯のフライにしようと下味にも意気込んで、いざ揚げようとしたらパン粉がないやん😫
とこんな感じ。
サッと頭を切り替えて、
朝の残りのカレー粉パウダーが思い浮かぶ。
そやそや、カレー粉たっぷり振りかけて、胡麻油で揚げ焼きしよ❣️
最後に味醂甘醤油でピーマン煮含めて、
鰹のふりかけと和えてご飯に乗せる。
鰯の揚げ焼き乗っけて鰯一尾の丸ごと丼。
青紫蘇と茗荷は連日見事に消費しながら、見事暑さも凌でいる90歳チーム🤣
梅酢生姜もさっぱりとして、オススメです❣️
そして、今90歳は、親戚中に生存確認の電話中。
この後18時になると、お休みタイム。
これを見ていると、
命を繋いでるのは、
実は、おじいちゃん、おばあちゃんなんだなぁと思うのであります。
人として、時間をどう生きていくのか。
これを見ていなければ、私のこれからのイメージは見えてこない。
生き抜くというのは、
日々の暮らしを家族と共に生き抜くという事なのではないかと、改めて知らされる。
在宅医療を選んだからこそ見えた本質。
今2人は、医療にはお世話にならずに自力で結構暮らしている。
薬も一粒も飲んではいない。
バイタルの異常一つない。
本当に、90歳、天晴れだ。
ここまで来ると、感謝しかない。
梅の力
【一粒の梅には、優れた成分と働きが秘められている】
健康な胃なら、
塩酸の力で疫病大治ができてしまうという。
小腸の中は弱アルカリ性なので、
滅菌作用は弱い。
梅の有機酸の威力が、
腸内を一時的に酸性化。
そして代謝の段階ではアルカリ性に。
だからアルカリ食品と言われる。
そして、今、
周囲は梅干しの話題で持ちきり。
年々、干し方にも気を配り、
この梅干しは誰の目に留まり、
どんな風にお口に入るのかしら。
と、想像すると、
優しく扱わずにはいられない。
干していると、
「綺麗ですね」
と声をかけられる。
タオル巻いて作業している私のことであるはずないな😅
梅の並んでいる姿を綺麗と言ってくれているのだ。
洗濯物の干し方で、
その家の整い方も分かると母がよく言っていた。
丁寧な暮らしというのは、
日々の作業にこどごとく表れる。
忙しさにかまけて、
手を抜いたりできない毎日が続いた5月から7月。
8月は少し、
伝統美養塾の始まり
【12年前のスタート時の発信より】
日本人という国際人となるには。
日本人らしさとは何か。
日本とはどんな国か。
立派な日本人になるとはどういう事か。
今、そんなこと考えて過ごしている人は殆どいないでしょう。
狭い国だからこそ、周囲に気遣う。
単一民族だった日本はここで一気に変わり、教えまで変わり切ってしまうのでしょうか?
平等とは、
自由に学ぶ機会や場所や内容がある事で、みんな一律の結果があることではないはずです。
全ては、ファミレス、コンビニ、のような平均値の集まりばかりになり、
自らの育つ土地や風土の良さを知り、その中で生き抜き方を捉えられる感覚を錬磨する教育が最も必要ではないのか。
地域独特の個性のある学校教育があっていい。
もはや教育は単なる人集め、金集めに過ぎなく、問いかけ、考え、決断、実行への問題解決能力をさせていない。
仕組みができていれば、
立派なビジネス戦略と称賛され、
しかし、そこにお金儲け以外の本質は見えない。
人が人として、
生き抜く力は一体何を指すのか。
平均値の値の中で、
ただ、右往左往のルーティーン人生が、
一体どれだけ続いてきたのだろうか。
結局最後は、誰のためなのだろうか。
って考える暇もなく🤬
今見え隠れしてきた、
世の中のカラクリ。
なので、
もっと身近な大切な人達を守る事を真剣に考えてみなければ。
と、
感じた12年前。
この国の安全保障教育は、家庭教育から始めるしかないのである。
母達が思うこと。
これまでの時代を生きてきて、思うこと。
それが、
伝統美養塾になったのです。
#伝統美養塾
本物はそこにあるだけで美しい
【本物はただそこにあるだけで美しい]
この裏漉し器
なかなか手に入れるのは難しい。
職人の技の手作業と、
素材の問題で、
興味本位で買うことはできないという事を
10年前に知った。
これで、味噌や、梅干しを漉してみると、
なんでも、いわゆる料亭のお味になってしまう。
見るからに、、そして、
食した時のフワッとしたその味わいに感動しない者はいない。
伝統産業に心を寄せてみて頂きたい。
日本を残す暮らしがしたい。
そして、
私も、少し黙ってみよう。
誰か振り向いてくれるかなぁ🤫
あっ、まず黙れない…>_<…
#身近な人からの幸せを
#本当の食卓力推進
#永続のための継続
#キレイな日本人プロジェクト
#伝統美養塾
#食卓和文化継承士
日本を残す暮らしのためにできる事を
昨日は、大和絵師であり、大変趣深い経験値をお持ちで、私にとりましても尊い存在であります高橋亮馬様のお取り計らいを頂き、やまと魂の震える想いを心繋がる皆様と共有して参りました。
林千勝さんのサプライズ登壇の後、前のお席に座られていたのでお話とお写真の機会にも恵まれました。
ご自身の思いと経験とそして今すべき行動の在り方をずっと拝見していて、これに続くことが今の時期に出会った意味なのだと思うわけです。
大規模デモやビラ配りにも自ら汗をかき、歩き続け、訴えかけるそのご姿勢には本当に頭が下がります。
でも、頭を下げるだけでは何も変わらないのです。
日本を残す暮らしのために、大切な人の未来を守るために、この出会いをどう活かしていくのかは、感じる魂の在り方だとしかもう言いようがありません。
感じた人は動かなければ。
些細な幸せが、どんなに大切な時間なのか。
世の中にはまさかの不幸に晒され、苦しんでいる人もいるというのに。
この些細な幸せのあれこれに、ありがたく神に頂いている時間なのだと感じずにはいられなくなりました。
神は存在する。
このところ、そう思えてならないのです。
ヤマト魂に触れ、
さらにしっかり動きを進めて参りたいと思います。



























