「・・・そういえば、どうして、三人は、ここに会いに来てくれたの?
人間界までやってくるなんて・・・大変だったでしょう?」
やっと、シレットとレイに、クリスタランドに居た頃のような、力のいらない、気楽な会話が始まった。
レイは、嬉しそうに微笑むと、ご自慢のローブをひと撫でして、答えた。
「このローブがね・・・
どうしても、シレットのところに行かなくてはならないと、教えてくれたの。」
レイのローブは、100年以上前に偉大な魔法使いによって10数年かけて作られたもので、
魔法力が練り込まれた特殊な繊維と黄金の繊維で作られた美しいローブだ。
「天使のローブ」と呼ばれている。
ローブ自身にも命が宿っており、時に意思を持っているかのように動くこともあって、
レイが何度もそれに従って多くの人を救うのを、クリスタランドの村人はよく見かけていた。
レイ 妖精族
天使のローブは、旅人に迫る危険を察知して知らせたり、
進むべき道を指し示すこともあると言われてるのだが、
今回は、シレットの危険を察知して、3人をここまで連れてきてくれた、という事だった。
念のため、エルフ族の村で知り合った、有能なヒーラーのスカイを連れて来てくれたことが、
今回すごく助かった。
そして、ヒーラーのスカイは、機転を利かせて、ルーシーの魔法の水まで準備してくれていた。
・・・・相当、シレットが危ないという信号を、レイは受け取ったのだろう。
実際、シレットの身体は、自分が思っている以上に、ボロボロだった。
妖精族の身体は、本来心と密接に繋がっている。
シレットの心は氷のように固く冷たく、刃物のように鋭くなっていて、
それがシレットの身体をも、深く深く気付けていた。
スカイ「本当、危機一髪。危なかったわ。
もう、ここに居るのは、限界よ。
クリスタランドにお帰りなさい」
シレットの心は揺れた。
「私こそは、人間界でシレっと、過ごして見せる!」と思っていた。
「他の妖精族が出来なかったことを成し遂げてみたい!」と張り切っていた。
・・・でもそれも、人間界に来てしばらく経った頃に、強く「意地」のようなものが出てきたように思う。
「でも・・・頑張らなくちゃ、私・・・・」と、まだ決心のつかないシレットに、レイが言った。
「 シレット。”休む”っていうことは、とっても大切な事なのよ。
”頑張る”っていう事と、同じくらいにね。
シレットは、ずっと”頑張り”続けてきたんでしょ
だったら、それとおんなじくらい、”休む”事も必要よ??
クリスタランドでは、そうしてきたじゃない!」
レイは、どちらかというと、セラフィムのように穏やかな性格で、
相手の気持ちを考えて、何事もじっくりと相手の判断に任せることが多い。
そのレイが、語尾を強くして自分の意見を伝えるという事は、よっぽどの事なのだとわかる。
「休む」・・・・・この言葉は、人間界に来てから、少し否定的な意味に考えるようになったシレットだったが、
レイに言われて、ようやくその言葉に「安らぎ」の感覚を取り戻した。
「休む・・・・」懐かしい響き。
すっかり、それはいけないことだと思っていたけど、そういえば、クリスタランドでの生活は、
いつもちゃんと、自分の心と身体を休める時間があったわ・・・
天空の癒しのハンモックにも、長い事行っていない。
「ゆっくり休む」という事を、自分に許し、それをいつもとは違う、羨望の眼差しで想像しただけで、
じわりじわりと、見えないところに潜んでいた「疲れ」が、あちこちから染み出てくるような気がする。
・・・相当、疲れているのだと、ようやくシレットは自覚した。
「こうしなくちゃいけない」「こうあるべき」
人間界で自分の心を縛っていた呪縛が、
クリスタランドの友人たちを目の前にすると、どんどん溶けていく気がした。
「うん。。。。。。。。
・・・・・そうだね・・・・・。
私、帰ろうかな。」
そう言葉にしたとき、驚くほど心が軽くなったのを感じた。
今までどれくらいの荷物を心に背負っていたのかと自分でも驚くほどだった。
心の軽さを身体でも感じながら、シレットは続けた。
「・・・・今の私には、まだ、無理だった。
しばらく、クリスタランドで休んで、自分を取り戻す。
そうして、本当に、他の人の意見に惑わされない、自分の強い心と在り方が出来たら、
私また、人間界に挑戦してみる!」
そう決意して、シレットは、無造作にベッドの脇に投げ出していた、「七色のジュエル」を手に取った。
もうすっかり、輝くことを忘れて、色あせている。
でも、そのおかげで、店主の目には留まることがなく、無事にシレットの手元に残っていた。
「・・・・・本当の価値あるものは、見た目の輝きには関係ないのね。
心の目で見なくては、見えないものが、たくさんある。」
シレットは、深くそう思った。
クリスタランドでは当たり前の考えだけど、
人間界を体験してからのシレットにとって、その言葉はまるで魔法の輝きを持っていた。
こんなに当たり前の真実を、こんなに感動して噛みしめられることができて、
シレットはようやくちょっと、「人間界に来てよかった!」と思う事が出来た。
人間界では、全ての事が、良いも悪いも、重さを持って体感できるようだと感じられた。
そうしてシレットが久々に身に着けた七色のジュエルは、シレットの首もとで今、少しだけ、光を取り戻した。
輝きを取り戻したジュエル。
輝きを放つ、天の玉石。
心の輝きと共に光る石たち。
なんて、素敵なのかしら!!!
「ありがとう!!」
シレットは、大きくそう言って、その言葉を自分でも噛みしめた。