- 永遠の0 (講談社文庫)/百田 尚樹
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帯の児玉清さんの言葉にこうある。
「僕は号泣するのを懸命に歯を喰いしばってこらえた。が、ダメだった。」
もともと戦争モノの読み物は好きだ。
昔、戦争自体は賛同できないのに、なぜ戦争モノは好きだし、感動を覚えてしまうんだろうと懊悩したことがある。
「それってもしかして自分は本当は本質的に戦争とか闘争とか、そういったものが好きだからなのか?」
と。
今になってみればそんなことはなく、
俺は戦争自体を美化しているわけではなく、
その戦争の渦中にあって人間らしくあろうとする人の心や、意思、行動、言葉、決断。
そういったギリギリの中にあって人が出した何かはきっと本物であり、純粋なもので、
そこに感動を覚えるんだろうと思う。
自分自身は戦争を知らない世代だ。
本当にその場その状況に立たされたことない俺には戦争の善悪について論じることはできない。
同じ理由で同情することも賛美することもできない。
どんなに話を聞こうが、書を紐解こうが、それで人の心や想いなん測りきることができるものではないしね。
多分俺にできることは受け取った情報を自分なりに咀嚼し、考えること。そしてできることなら
そうあることを人に伝えること。
それしかできないんだと思うし、すべきではないんだろうと思う。
前置きが非常に長くなったが、永遠の0。
これは簡単に言ってしまえば、太平洋戦争時の零戦乗りの話、そして特攻の話だ。
自分がその立場になったらどうなのか。
俺なんかが考えても考えても及ばない境地に零戦乗りはいたし、
特攻隊員なんてもう想像すらできない。
鹿児島の知覧にある特攻記念館に行ったことがあるが、そこにある遺書や手紙の類を読んでいたら
涙を抑えきれなくって半分も見ることができなかったことを思い出した。
永遠の0に出てくるベテランの戦闘機乗りたちは
いずれも26歳の俺と同年代かそれ以下だ。
当時の彼らに対して、俺は精神的に人間的に敵う気がまったくしない。
それって多分恥ずべきことなんだと思う。
今とは全く違う環境にあった60~70年前の戦場。
そこで何があり、どんな人たちがいたのか。
そんなことに思いを馳せることができる小説だと思う。
20代のうちに読んでおくことはきっと損ではないんじゃないだろうか。
と思った。



