
この写真は田中規夫さんと
トヨタ自動車西村 平さんです。
西村さんも高知県出身で、誰とでも
すぐに仲良くなれる田中規夫さんと、
世界選手権で仲良くなって、
あっという間にこんな状態でした(笑)
さて、初代監督田中規夫さんは
田中6人兄弟の四男で、闘犬センター
には、三男田中啓介さん(セカンド)、
五男田中睦三さん(ピッチャー)、
六男田中三夫さん(サード)の4人が
所属していました。
本来であれば、三男の田中啓介さんが
監督をするんでしょうけど、啓介さんが、
「監督は規夫の方が適任!」
と言って、自らはコーチとなって弟を
支える立場になりました。
兄弟で性格もよく分かっているから
こその決断だったんだと思います。
まあ仕事の関係もあったんでしょうが、
規夫さんは練習には必ず参加していま
したし、ソフトボールにかける情熱と
持っている技術、知識、包容力等など
指導者としては一流だったと思います。
それにしても男ばっかり6人とは、
すごいでしょう(笑)
それも全員ソフトボール大好きです。
長男さんは試合にはいつも同行して
くれて、応援してくれていましたし、
次男さんは別のチームでソフトボール
をされていました。
まだ高校生の時にオーナーに連れられて
田中家に行ったとき(初対面の時です。)
規夫さんは軒下にぶら下げられた
サンドバッグをバットで打っていました。
そのスイングとサンドバッグの音が
すごいのと、当時28歳の規夫さんの顔
が恰好良かったのを、今でもはっきり
覚えています。
印象としては、とっても「恐い人」
でしたが、一緒に練習をするようになると
とても面白くて、大好きな人になりました。
明日からは、もう少し掘り下げてご紹介
してみたいと思います。