読書時間:8h
一読:要約版があればあり
再読:判定不能
R指定:なし









戦後の日本とドイツの取り組みについての(日本人とドイツ人による)総勢15の論文集。
若いときは1ミリも気にならなかったが、こういうのが気になってくるのは年のせいだな

戦後の取り組みにドイツは成功し日本は失敗したと言われるが、日本はドイツに倣えばよかったのかといえば、それは違う。
第2次大戦でドイツは民族浄化を目的としていたが、日本は植民地拡大が目的だった。(アジアの平和および解放という目的は詭弁)
前者は人道的にNGだが、後者は当時の欧州諸国では普通の政策だった。
敗戦したという理由だけで非難されても謝罪したくない気持ちは分かる。捕虜や慰安婦の問題も日本だけじゃないという気持ち(tu quoque)も分かる。
きっちり裁かれ5年も他国に統治されていたドイツに対し、冷戦のために賠償額が激減したりA級戦犯容疑者が政界に復帰したり(ちなみに岸伸介)と、戦後の反省がうやむやになっている日本では謝罪しようという議論は生まれないだろう。








日本はどうすればよかったか?
まず戦後の日本と向き合ってみることから始めたらいいと思う。
忘れたころに議論があるドイツと、まったくない日本。
日本で死刑に賛成している人が80%いるというのも、知らないからだと思う。
まず知ろう!
ナチ時代には良い面もあったという意見は賛同も得るらしいが、それは低学歴の市民だけとバッサリ切っている。キビシぃ...
日比関係が良好なのは知らないための気もするが、それでも知るべきだと思う。
知った上で乗り越える!
これがカッコイイ大人の対応だ
もう一つは国別の対応。
ビジネスなら国ごとに適したサービスを提供するのだから、国ごとに異なる謝罪をしてもいいんじゃないだろうか?
アジア女性基金はオランダには受け入れられたが、韓国には受け入れられなかった。
国家補償でないと納得できないらしいので、その意に沿う謝罪を示せばいいだろう。
そもそも謝罪したくないという想いがあるから腰が重いのだろう。
なにがなんでもやりきる意思は感じられない。
村山談話の前年、安倍晋三は謝罪も反省もしてはならないという考えで群れてたらしい。
tu quoqueは認めよう。
しかし、他の人がやっていたから、自分もやって良いということにはならないのは、賢明な大人なら判るはずだが...
ドイツ語の論文は読みにくい翻訳あり