岸博幸が米国のネット支配に警鐘を鳴らす。
仰々しいタイトルが鼻につくが、これは毎度おなじみのココを参照
ちなみにタイトルだけならいいが、中身もちょっと仰々しい。。。
問題提起は、「ネットによって社会が大きく変わる中で、ジャーナリズムや文化をどう維持していくべきか」だ。
「米国のネット支配は良くない」という問題提起は、日本だけでどうにかなるわけでもなく、考察できないので触れない
話の展開は、問題提起、それに対する個人的な意見(感想!?)と中立な意見、最後にまとめがあり読みやすい。
アンチグーグルの岸氏だけに激しい攻撃を予想していたが、グーグル派の自分(何でもタダにしてしまうのはヤレヤレだ。と思いながらもグーグルで働きたい)から見ても、大人しかった。
それだけに、最後は残念だった。
最後まで順を追って徒然と
@ネットのとリアルの常識について
ちなみにタイトルだけならいいが、中身もちょっと仰々しい。。。
問題提起は、「ネットによって社会が大きく変わる中で、ジャーナリズムや文化をどう維持していくべきか」だ。
「米国のネット支配は良くない」という問題提起は、日本だけでどうにかなるわけでもなく、考察できないので触れない

話の展開は、問題提起、それに対する個人的な意見(感想!?)と中立な意見、最後にまとめがあり読みやすい。
アンチグーグルの岸氏だけに激しい攻撃を予想していたが、グーグル派の自分(何でもタダにしてしまうのはヤレヤレだ。と思いながらもグーグルで働きたい)から見ても、大人しかった。
それだけに、最後は残念だった。

最後まで順を追って徒然と
@ネットのとリアルの常識について
万引きの例をあげ、ネットとリアルの常識が異なるのはおかしいという理論を展開していたが、これは例がおかしい。CDを売っている隣でタダで配っていたら、買う人はいない。ネットとリアルの常識が違うのはあたりまえで、遠くない将来に、ネットとリアルの常識はかなり一致するのではないかという予想は、間違いだろう。
この予想は問題提起にも反しており、無料が蔓延する社会へ変わる中で課金を維持するのでは、社会の変化を許容してないことになる。
@新聞の廃刊が民主主義を衰退させることについて
地方都市で新聞が廃刊になり、政治への参加意識が低下した街の事例が出ていたが、これはプリンストン大学が調査したという数字をそのまま受け取ってはいけない。
それは、ストーリーがないからだ。
新聞とネットの大きな違いは「受動」と「能動」だ。拡げれば情報が飛び込んでくる新聞と、検索しなければ出てこないネットでは、情報の接し方が大きく異なる。
@新聞の廃刊が民主主義を衰退させることについて
地方都市で新聞が廃刊になり、政治への参加意識が低下した街の事例が出ていたが、これはプリンストン大学が調査したという数字をそのまま受け取ってはいけない。
それは、ストーリーがないからだ。
新聞とネットの大きな違いは「受動」と「能動」だ。拡げれば情報が飛び込んでくる新聞と、検索しなければ出てこないネットでは、情報の接し方が大きく異なる。
ここからストーリーを考えてみよう。
新聞が廃刊になったことにより、関心の薄い情報や優先度の低い情報は、市民の目に触れる機会が減ってしまったと思われる。
PCを立ち上げて(2007年なのでスマホは無い)、まず地方ニュースを見る市民がどれだけ居るだろう?日本ほど政治に対する関心は薄くはないはずだが、ネットを探し回って地方政治ニュースを探しまわる人は少ないだろう。(しかも、取材する人が減ったため、ネットに載るニュースも減る)
テレビもあるが、多チャンネルで専門化した米国で、地方政治ニュースを観る時間は少なそうだし、ラジオも同様だろう。
つまり、「新聞の廃刊=政治への参加意識の低下」ではなく、「受動的な情報の摂取減=政治への参加意識の低下」と考えられる。
トーマスジェファーソンの「新聞がなくて政府がある社会~」は名言だと思うが、新聞がないこと自体が悪いのではなく、取材した報道が伝わらないことが問題なのだ。
取材には費用が掛かるので、新聞が売れなければジャーナリズムは衰退するというのは、問題提起に戻る話であり、堂々巡りだ。
この例で解決策をあげるなら、政府が取材者を雇えばいいと思う。政治家からお金を貰うわけではないので子飼いにはならないし、公務員なら何を書いてもクビにならない。でも何も書かないのはクビにしないとダメだね。
この例で解決策をあげるなら、政府が取材者を雇えばいいと思う。政治家からお金を貰うわけではないので子飼いにはならないし、公務員なら何を書いてもクビにならない。でも何も書かないのはクビにしないとダメだね。
@4章
ここからタイトルにもある過激な論理が展開するが、一呼吸置いて考えると言葉が過激なだけだった
米国ネット企業による世界のマスメディアやコンテンツ企業の「搾取」と、その結果としてジャーナリズムや文化の衰退というが、「淘汰」が正しいだろう。
ここからタイトルにもある過激な論理が展開するが、一呼吸置いて考えると言葉が過激なだけだった

米国ネット企業による世界のマスメディアやコンテンツ企業の「搾取」と、その結果としてジャーナリズムや文化の衰退というが、「淘汰」が正しいだろう。
何度も登場する「超過利潤」という言葉は、メディア側がいかに儲けてきたかを意味している。過剰な利潤がなければ生き残れない文化は維持できないと思う。1曲ヒットすると家が建つというのは儲けすぎだと思う。夢はあるが。
超過利潤を求めない例として、グレイトフルデッドというバンドがいる。
超過利潤を求めない例として、グレイトフルデッドというバンドがいる。
(CDが売れないので)アーティストグッズが高くなったり、ライブのチケットが高くなっているという例は本書に書かれているとおりだ。
つまり、人はデジタルにお金を払わなくなった替わりに、黄金体験にお金を払うようになっているのだ。
これは最近のソーシャルゲームにも言えることで、(強い武器を持っていると他のプレイヤーを助けられ)他人から感謝されるという体験にお金を払っている。
つまり、人はデジタルにお金を払わなくなった替わりに、黄金体験にお金を払うようになっているのだ。
これは最近のソーシャルゲームにも言えることで、(強い武器を持っていると他のプレイヤーを助けられ)他人から感謝されるという体験にお金を払っている。
ジャーナリズムや文化が生き残って行くためには、いかに体験とつなげるかが考えるヒントになると思う。
@なるほど~
「グーグルが検索結果に手を加えることはないにしても、米国人技術者の考えるアルゴリズムが検索結果に反映されるというのは、米国の価値観の反映に他ならない」というのは言われて気づいたが、問題提起の2と同じなので触れない。
@残念な5章
@残念な5章
ここまでは楽しく読めただけに残念さが2割3割5割増し
ジャーナリズムと文化をどう守るかという問題で、政府が補助金とか保護策で何とかするのは違うと言っておきながら(P182)、コンテンツレイヤーとプラットフォームレイヤー間での競争が公平・公正に行われるような市場環境の整備を政府が行うべきと言っている(p196)
ジャーナリズムと文化をどう守るかという問題で、政府が補助金とか保護策で何とかするのは違うと言っておきながら(P182)、コンテンツレイヤーとプラットフォームレイヤー間での競争が公平・公正に行われるような市場環境の整備を政府が行うべきと言っている(p196)
一見なんでもないようだが、これは矛盾している。
フェアユースでお金を払わないプラットフォームレイヤーが、コンテンツレイヤーにお金を払うようになったら、プラットフォームレイヤーはいくらお金があっても足りず、仮に払ったとしても、超過利潤が必要なメディアのままでは足りないのだ。
著者自身がネットは儲からないと書いてるのに、それを分け合ってどうする

レイヤー間で競争しない例としてKindleをあげているのだから、競争を煽るのもおかしいし、そもそもレイヤー間で公平・公正に競争というのが無理なのだ。一つ下のレイヤーは基盤なのだから。
Hulu(フールー)は取り上げていないが、これもレイヤー間の競争をしていない例で、ネット上にプラットフォームを構築することで利益を得ている。
色々な方法が試されていく中で、生き残った方法が正解になるのだろうが、それは良いコンテンツにお金が集まる環境とは限らない。
その環境で、ジャーナリズムと文化をどう守るかというのは難しいが、キーワードは見つかった。
色々な方法が試されていく中で、生き残った方法が正解になるのだろうが、それは良いコンテンツにお金が集まる環境とは限らない。
その環境で、ジャーナリズムと文化をどう守るかというのは難しいが、キーワードは見つかった。
「超過利潤」
「体験と繋げる」
「新プラットフォーム」
方法はともかく、一人勝ちになりやすいネットの世界でも、パイが拡がれば解決になりそうな気はする。(答えは30G秒後
)
)本書を読んで「グレイトフルデッドにマーケティングを学ぶ」を読むのが益々楽しみになった。
