私が住込みで勤める福島県浜通り、双葉郡富岡町の宿泊施設の宿泊者は、

日本全国からやって来る。

北は北海道から南は九州、流石に沖縄出身は現在居ないが、以前には

居たと聞く。

その中でも多いのは、北海道、青森、宮城、福島、岩手と東北地方。関東圏に

なると茨城、埼玉。北陸は、新潟、福井。意外と東海地方から静岡出身者が

此方に来る。近畿は兵庫。中国地方は岡山のみ。

九州は福岡、熊本。そう言えば、復興事業部社員の管理人職の一人は長崎

出身である。彼の妻(彼女も管理人職)は群馬出身だ。現在は居ないが、

長野、京都、鹿児島出も居た。四国出身はお目にかかった事はなし。

 

彼らの職種は、オペレーター(ユンボ・クレーン等)、ダンプトラック運転手(10t~30t)、

鳶、電気工事技術者、アスベスト撤去職人、各種エンジニア、警備員、単純労働者。

 

余りにも正直に語ると、専門職を持っているエンジニアと職人、単純労働工と

教育と背景となる家庭環境・社会・教育環境の相違は随分と見受けられる。

 

 

私の勤める関西系不動産会社は、此処福島まで事業展開している。

私は此の会社の復興事業部の社員で、宿舎タイプの宿泊施設の管理を担って

いる。

復興事業部とは、要するに、東日本大震災・福島原発事故によって破壊された

地域を、日本国政府と東京電力が、復旧・復興せんと大規模土木工事をして

いるわけだが、此処の工事現場に投入される人力の宿泊施設を提供する

事業である。

全部で九つに渡る宿泊施設を、私が勤める会社は、福島浜通りに運営している。

因みに、現在もう一つの施設を建設中である。

 

私の勤める宿泊施設は、住込み管理人の私一人と、パートの主婦二人が働いている。

パートの主婦二人と言っても、各々週に一回三時間労務を手伝ってくれているに

過ぎない。正直、私は社会・労働問題になった “「すきや」のワンオペ” を思い出さず

にはいられない。給与の不満は募るが、お陰様で楽しく仕事をしている。

 

 

今夕、此の様な宿泊施設に不慣れな若者が、とは言え30歳には成っている

だろうが、

 

「今日は夕食はいりません」

「それでも、代金の請求はいくよ」

「はい、分かってます」

「今夜は外食だね♪」

彼はにっこりと微笑み出かけて行った。

 

深夜11時過ぎ戻って来たのだろう。彼は玄関先で先輩、それとも上司である

富山(仮名)氏と一寸赤ら顔で話していた。

 

「随分出来上がって、楽しんで来たようだね」

二人はにっこりと私の顔を見た。

 

彼、国松君(仮名)は富山氏に、自分の心情を、何時もの電子タバコを

吹かしながら打明けている。私は、彼らの傍に居ることを憚った。

それでも、部分部分、国松君の言辞が聞こえて来る。

 

「建築土木の世界は、建物を造ったり、壊したり・・・・縦関係が明確で、僕は

 こういう世界の方が分かりやすくて、自分には合っていると思います。

 神戸に居たときは・・・」

 

富山氏は、此の酔いが回り、正直な心情を吐露している後輩、もしくは部下の

言葉をシッカリと温かい気持ちで聴いている様だ。

 

単なる一管理人の私は、遠目で彼らを眺め、決して彼らの会話に混ざるもの

では無いと思った。玄関先の薄明かりの下、国松君は率直に富山氏に気持ち

を伝えている。此れは二人の世界であり、大切なコミュニケーションなのだと

感じられた。

 

そんな時だったか、自分は歳をとったのであろうか?

ヘミングウェイの短編で読んだ、老いたバーテンダーの話を思い出した。

客に対して沈黙する。決してしゃしゃり出ない老人の話だった。