私は三月二十五日に此処で働き始めた。

初めての週末だったか、宿舎前の県道35号線には雪が積もっていた。

楢葉の道の駅にはサウナがある。私はサウナに入りたかったが、夏タイヤに

換えたばかりの車の運転を躊躇した。

 

宿舎G棟玄関先で煙草を吹かしていた初老の宿泊客と会話する。

「一寸走ってみて急ブレーキをかけるといい。そう滑らなかった大丈夫」

 

彼は青森出身だった。南部藩では無く、津軽藩側の田舎の出だ。

私は彼のアドヴァイスを信じ、実験の結果、宿舎から10キロ先にあるサウナ

に入ることができた。

 

それ以来か、G棟玄関先で、屡、このオヤジと会話することになった。

彼の言で、記憶にあるのは、

「酒を飲むことぐらいしか楽しみが無い」

「飯食って、糞して、煙草吸って、働いて、寝てるだけの人生だ」

 

 

連続する時間の中で(当たり前だろう)、一瞬において、自分と云う生命体が

生まれそして死ぬ。

自分が死んでも、其の後継としてソフィーは束の間生きる。その後の子孫が連続

するか否かは知らない。

 

ソフィーは半分が日本人で、四分の一がロシア人。そして残りの四分の一は

ユダヤ人。未だ10歳の女の子だ。

そうして娘は僅か四分の一の血であるユダヤ人として生きる道を選び、

選ばされた。