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ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで33年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

 

 

カトリックネタが続くが、本日9月15日は、「悲しみの聖母マリア」の祝日。

 

イエスが十字架の苦しみを人びとの救いのために耐え忍ばれたように、マリアもその救いの業に参与された。


聖母の生涯には、喜び、苦しみがあり、昔からキリスト信者たちはそれらをいろいろな形で記念してきた。15世紀に、ドイツのケルンで「悲しみの聖母」の祝日が行われ、次第に広まり、1817年に教皇ピオ7世によって全教会の祝日として定められた。

ミサでは、キリストの死に対する聖母マリアの苦しみだけを記念しているが、昔から信者たちは、他の苦しみも加えて、7つの苦しみとして具体的に祈っていた。聖母の苦しみは、キリストが生まれてすぐに、エルサレムの神殿で預言者シメオンから言われた「あなた自身も剣で心を刺し貫かれます」という言葉の実現であった。

私の通う地元のパロッキア(小教区教会)は「悲しみの聖母」に捧げられた教会であり、小聖堂のマリア像(上記画像)に常に心を打たれる。

 

また入り口脇にある、息を引き取った息子・イエスの傍らで祈り続ける聖母マリアの像も、見る度に「母の思い」というものを黙想する。

 

 

14歳くらいに妊娠したといわれ、イエスがなくなったのは、33歳。まだ40歳台である。今であれば、まだまだ中高生の子どもをもつ母親くらいの年齢だろうか?
 
9月14日に「十字架称賛」、翌日9月15日が「悲しみの聖母」の祝日としている。復活祭とはまた違った、黙想の時である。
 
マリアは、自分の人生を通じ、イエスの人生を思い起こしたに違いない。悲しみの聖母マリアは、イエスと共にそのみ心において、死の苦しみをお受けになられた。
 
聖母に執り成しの祈りをするのも納得。

元后、あわれみの母、われらのいのち、喜び、希望。 
旅路からあなたに叫ぶエバの子、 
嘆きながら、泣きながらも、涙の谷にあなたを慕う。 
われらのために執り成す方、 
あわれみの目をわれらに注ぎ、尊いあなたの子イエスを、 
旅路の果てに示してください。 
おお、いつくしみ、恵みあふれる、喜びのおとめマリア。