長男、27歳 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで33年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

長男が27歳を迎えた。
 
27年前、3歳の長女を連れて帰国して出産した。日本の病院の体重制限は厳しく、長女の時は妊娠時15キロくらい体重増加してしまったが(妊娠初期つわりがひどく45キロくらいからスタートだった) 増加は8キロに抑えろ、と言われた。
 
本来出産予定日は11月3日だったが、2人目とはいえ、夏あたりまではそれほどお腹も大きくならず、海に行きビキニを着ても全く目立たなかった事を思い出す。
 
そして2806gで出産。1人目でお世話になった時の助産婦さんについていて貰った。陣痛が来た時、内くるぶしの上指4本分あたりのツボである三陰交を押すと、グングン彼が下がって来た事を思い出す。比較的早く生まれ、医師に結構早かったよね、と言われた記憶がある。ツボ押し陣痛促進の威力を垣間見た!
 
初対面、本当に優しい顔をしており「優」と言う字を使った名前にしたいと思った。が、出産後退院してから帰国してきた夫との希望が合わずなかなか決まらなかった。産んだのは私だ!私の希望を押し通した。笑
 
ただ優しさを超え、「優柔不断」の「優」だったか?と思う時期もあった。笑
 
朝起きて着替えたがらずパジャマの上に服を着て幼稚園へ行くことが多かった。

 

 

夏の帰国中、子連れの友人と青山の「子供の城」で子供たちを遊ばせるのが、毎年恒例のイベントであったが、その帰り私達母子を追いかけて来たモデルエージェントの方から、子供モデルとして長男に声をかけられたことがあった。2日後くらいにイタリアへ戻る予定であったので、お断りしたが、それを長男が中高生あたりになってから話すと、次に声をかけられることがあったら、断る前に僕に一度言ってね、と言われたことがある。笑 子供モデルになっていたら人生変わっていただろうか?

 

それはさておき、気づいたら彼も27歳。

 

私がイタリアに渡って来た年齢だ。私の人生にとっては大きな決断であった。彼もそろそろ自立のために動き出す頃だろうか?

 

射った弓は飛んで行った。後は天のあの方にお任せしよう。母はただただ見守るのみ。