「終活」に思う | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで33年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

5月にミラノの日本人の知人がお亡くなりになられた。イタリア側のご遺族はいらしたが、日本関係の事を全く把握されておらず、私がしゃしゃり出ることではなかったので、最低限のアドバイスだけして身を引いたが、やはりいきなり亡くなると言うことは、国内外に限らず大変な事だと再認識した。


母の友人はほとんどが未亡人。ご主人方が他界され、諸手続きに関するメモをしっかり残されていたので困らなかったと言う方と、まるっきりわからず手探り状態で途方に暮れてしまったと言う方の話も聞いた。


父は基本きちっとしていたので、諸手続きの項目は、自分で調べたが関係書類云々は簡単に見つけられた。


とはいえ、不動産の相続税評価額とか相続協議書作成とか、もう私の能力を超えた内容で2度とやりたくないと思ったものだ。(弟何やってんだよ!)


いずれにしても、人間、いつどこで何が起きるかわからない。いざと言う時のためにエンディングノートをつけようと思い、今回ノートを購入していくつもりだが、ついでに父が他界した直後に購入した母用のノートも再度チェックしてみた。何かと6年前とは変更点があり、それをわかるよう書き直しておいた。


それは母のため、と言うよりは私や弟が将来的に困らないためだ。


ついでに母の携帯のメールやLINEの整理を、母本人と確認しながらした。


すると電話に「迷惑電話」として、ある電話番号がちょくちょくかかってきているのに気づいた。「知らない番号だから気持ちが悪いから出たくない」と母は言ったが、数ヶ月前からしょっちゅうかかってきているようであった。


「きっと、連絡を取りたがっている人なんじゃない?」と言ったが思いつかないと言う。勧誘や詐欺関係だったら番号がバレバレで何度もかけてくるはずないでしょう?それでも嫌がらせ関係だったら、切っちゃってブロックすればいいから、と伝えた。

 

今朝気づかなかったが、不在着信になっていたので、こちらから電話した方がいいと言って折り返しかけてもらった。


案の定、母の知り合いであった。どうしているか気になってかけ始めたが、あまりにも出てもらえず、自分は何をしてしまったのか?反省してみたり、逆に具合が悪くで出られないのでは?と思いかけ続けていたと言う。(だから言ったでしょ!想像通りであった)


その方の番号を新規保存した。(過去にやり取りはあったはずなのに....?) 逆に母が気にしている人で連絡がつかないと言う人がいるので、連絡し続けてみたら?と言っているのだが...。


そう言う意味では、上記5月に他界された方には非常にお世話になり、帰国出発前に家の片付けに出かけてきて、いろいろな電話番号が書かれたノートを発見してしまった。そのままにしてしまえば、きっと処分されてしまう。


持ち帰り、少しずつ連絡を取り始めた。帰国後も3人の方と通じ、中には知人が帰国中懇意にされている方とわかり、その方の知る限りの方々に連絡をお願いした。


なるべく人と関わりたくない生き方をする人も多いようだが、少なくとも人は1人では生きていけない。


高齢化社会となり、介護の必要のない老後が出来れば、それは本人も家族も幸せ。それを目指す生活習慣も必要だし、別の話として、諸情報の整理、断捨離云々心理的、物理的生活空間をスッキリさせておきたいと改めて思ったものだ。

 

20年前はこんなこと考えもしなかったけれど、「光陰矢の如し」あっという間だと思う日々。