上野・浅草散策べ | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで33年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

ミラノ外国宣教会の総長顧問を6年間務められ、今年の4月より浅草・上野教会助任司祭となられたザビエル・ロールド神父様を訪ねて上野教会へ出かけてきた。

 

 

先日出かけた朝顔市の入谷鬼子母神から徒歩5分ほどのところにある上野教会。

 

1945年、東京大空襲で焼け野原となった上野駅周辺で、フロジャック神父らがベタニア修道女会と共に巡回診療などの救援活動を開始し、その活動拠点が教会建設の礎となったという。

 

1961年7月2日に聖堂の落成式と献堂式が行われた。デザインは、教会、聖堂内部と祭壇は、当時の函館元町教会のパリ外国宣教会士・フリッポ・グロード師。祭壇上には、3つの輪「信・望・愛」を表す輪が配置されており、そこを頂点として大きく左右に広がるお御堂の構造が、三位一体の教理を形にしているのだと言う。光の筋のようなライトが空間に渡り、非常に前衛的であり、赤い絨毯も印象的であった。

 

 

元始に街言あり 

価言神と偕に在り術言は神にてありたり

是元始に神と倍に在りたるものにして

高物彼にありて成れり成りしもの、

一も彼に出らずして成りたるはあらず...

 

祭壇の側面に彫られた「ヨハネによる福音書」の冒頭。

 

 

 
聖母マリアと聖ベルナデッタ。
フランス・ルルドの聖母の出現を受けた聖ベルナデッタを守護聖人とする教会。ルルド出身の当時の大司教に因んで名付けられた。
 

 

大きな石を用いた洗礼盤。

この石はキリストをかたどっていると言うが、私たちはそれぞれの自分の十字架を背負ってイエスと共に歩み、死に、葬られ洗礼の秘跡によって、イエスと共に新しい人として、生まれ変わる...これまた印象的であった。

 

 
画像は撮らなかったが、事務室も洗面所も非常に昭和感溢れるレトロな面持ちであった。笑 昼食後、神父様と別れてアメ横をウロウロ。20年ぶりくらい。観光客そのものであった。

 

 

友人1人と別れ、ミラノの友人と浅草・浅草寺で行われていた「ほおずき市」へ。今週2度目の浅草。

 

毎年7月9ー10日に浅草寺で開催される江戸の夏の風物詩。この日に参拝すると、46,000日(約126年分)参拝したのと同じ功績が得られるとされているとか?(でもカトリック信者だし...。)

 

 

 

鮮やかな朱色のほおずきと、ガラス製の「江戸風鈴」がチリンチリンと涼しげな音色を響かせ、江戸情緒あふれる雰囲気を楽しんだ。

 

 

籠に入ったほおずきを購入。父の仏壇に飾っているが、一般的にほおずき市で入手したほおずきは、「お盆の飾り(盆花)」として玄関や精霊棚に飾り、お盆が明けたら処分するのだそうだ。

 

 

再び「舟和」の「芋羊羹」を覗き、舟和カフェへ。

 

都内の清掃職員の静かな1日を描いた映画・「パーフェクトデイズ」を一緒に観たミラノの友人が、主人公であった平山が歩いた橋はどこであろう?と言い、隅田川沿いを歩いてみた。

 

 

 

ツーリストインフォメーションで思わず、映画、パーフェクトデイズで役所広司が歩いた橋について聞いてみたが、スタッフは無反応...。数秒置いて「桜橋」ではないか?という事であった。隅田川沿いの隅田公園に隣接しており、平山が仕事の休憩中や休日に過ごす下町エリアに位置しているようであった。

 

「X字型の形状の橋よね。」と言われ、はいはいはい...と友人は反応していたが、私は全く記憶になく。

 

他に友人は、地下街の居酒屋の場所を尋ねていた。そんなところあった???と思ったが、行ってみて記憶が甦った。銀座線改札の真前で、浅草地下街にある「浅草やきそば 福ちゃん」だ。(実在していたとは...) 1955年開業。昭和レトロな雰囲気が漂う「浅草地下商店街」。天井が低く、配管がむき出しになった通路は、まるで昭和の時代にタイムスリップしたかのような異次元空間であった。

 

 

 
空手仲間で毎日チャットでやり取りしているグループに画像を転送すると、「Hirayamaが食事をしていたところだ!」とすぐに返事が来た。ダメだ、復習しないと...。
 
平山が仕事終わりにいつも頼んでいた、名物にソース焼きそばと焼酎の炭酸割りは帰国中にトライしたいなあ。笑