琉球少林流空手道月心会イタリア本部は開設し14年が経ったが、創設者の師範ご夫妻はついに今週本帰国されてしまった。
普段通りに稽古を終え、あまり実感がないですね、といって別れたが、お見送りに行き、奥様の方の師範に会った瞬間、ぐっとこみあげてくるものがあり、まだコロナは終息していない、と言いつつ抱き合って別れを惜しんだ。
子供の付き合いで始めた空手であったが、子供たちは黒帯になったものの、空手からは一時離れてしまっている。私は、何事も追求するタイプ故、そして人に指導し始めてから、更に楽しさが倍増し(悩みも増えたが)私の人生に意味を与えるものの一つにもなってしまった。
ところで、このイタリア本部、日本の支部と違って何が違うか?というと、イタリア故、夏休みも冬休みも春の復活祭休みもばっちり休む。家で自主練をしていればいいが、大抵の人はそのまま時が止まってしまっているので(!)、特に夏休み明けはかなり復習期間が必要。特に週1でしか稽古に来ない人は、♪さ~んぽ進んで2歩さがる~…2歩ならいいが…。
空手仲間であり、チャット友達のイタリア人Dは、それはそれは空手に対し探求心が深く、また真摯な姿勢で、余計なことは言わないし、常に冷静に状況を見て判断し、優しいところがあるとてもよい青年。まだ30そこそこの彼ではあるが、幼少期から空手をやっているので、空手歴は長い。空手を教える道場はどこにでもあるが、まずは指導者が人格者であり、空手はもちろんだが、それ以外にも空手を通じて学べる道場をさがしていて、最後にいきついたのが、我が道場だったという。
とはいうものの、私は空手歴は全く浅いので、彼にいろいろ伝統から手についてや、技について聞かれてもわからないことばかりだが、共に学べる良い空手オタク仲間となった。(オタク仲間には蘊蓄ばかりで、しかも他流の日本人指導者のことばかり話す輩もいるが、たとえ同じ日本人指導者であっても人間性は様々。そこで比較するのはナンセンスだろう。)
その彼が、夏休みに残っているメンバーで稽古をしないか?と提案してきて、共にこの時期、貸してくれそうな場所を探していたが、最終的には彼が見つけ、すべてオーガナイズしてくれた。お互いに残っているメンバーに連絡を取り、人数集めをした。指導は彼がするが、レンタル代のみ頭数で割って支払うことに。もちろん、師範の許可はもらったそうだ。言わなくても筋道は通す。
第1回目の先週は出席者5名。2週目は多少メンバーが入れ替わり、そして数名ドタキャンはあったものの7名が参加。通常の稽古とは違ったアプローチで、しかも彼が師範から直接指導を受けた、呼吸法やら身体操作を学んだ。本来いかに体を使った稽古をしているか?あらゆる方向から体の現状を見て押されたり、蹴られたり(Dが相手の健康状態は見極め実行)してチェック。驚いた中年門下生もいて「蹴るなら言ってくれよ!」と言っていたが(苦笑 言って蹴ったら稽古にならんではないか!)、体はぐらぐら、飛ばされることも。おへその下の丹田を意識しないとそうなってしまう。
また二人組になって手首と手首を合わせて押しあうカキエもやった。手首をロックして押されても態勢が崩れないように稽古する。実は二週続けて紅一点!(誰も人を女と思っていないようだが!笑)これは、力でやるものではない。太極拳の練習でも同じ手を触れあう状態からその手を放さず押し引きし、牽制しあいながらその最中に技をかけあうものがあった。ただ、カキエと太極拳では肘の開き方、つまり脇の閉め方に違いがあった記憶がある。(つまり肩甲骨の使い方も変わってくる)
突きや蹴りの形がどうしても変だと思っていたシニア連中であったが、丹田や肩甲骨の使い方の意識一つで彼らの型が見違えるほど一変した!しかし、それが持続するかどうかは別問題なのだが。苦笑
今回の練習は、年齢が一定以上であったということもあるが、強さを競うものではなく、強さよりも健康?そして、空手という文化的側面、内面的なものを皆で追求しあえるようで楽しかった。
私個人的としては、あまり流派とか、段位とか、競技にはあまり興味がないので、自分の好きなことだけを稽古し、追求していたい気もするのだが、さすがに師範が去ったあとの道場は、残された黒帯で支えていかなくてはならない。
千日の稽古をもって 鍛となし、 万日の稽古をもって 錬となす
何事も続けることは大変なこと。そして、ただ続けるだけではなく、空手道訓同様、 「己をみつめ、 己を正し、己を磨くものである。」
日々精進。

