ただいるだけで | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

この夏から芸能人の自死が立て続き起きている。(色々他殺説云々聞くけれど...)

芸能人でこれだけいると言うことは、一般人ではもっとであろう。    

厚生労働省の報告によると、2019年の自殺者は過去最少の2万169人。最も多かった03年の3万4427人から約4割減った。ただ、警視庁の統計では、今年8月の自殺者は1849人で、前年同月比で246人増えていると言う。コロナ禍の影響か?

残された者には、常に「なぜ?」が募る。「生きづらさ」からの解放の如く突発的に起きてしまうのだろうか?

長女、長男も思春期真っ只中の高校生の時に、親友が突然自死した。何か悩みを抱えていたのは、気付いており寄り添っていたものの、「大丈夫」と言う言葉があったにも関わらず、別れたその夜や翌日に命を絶たれいている。彼らには、ただただ「なぜ?」が残り、長女に至っては見ていてこちらが驚くほどに、怒りまくり、逆に自死した親友の母親に申し訳ない気もした。怒りの理由の一つとして、追悼の集会(親が参加していた新興スピリチャル系団体では、彼女は「自由」を選んで空に飛んだ、と「死」を美化したからかもしれない。

それは、思春期の複雑な時期、悩みがあってもおかしくない時に、「死」を美化するのは危険だと思った。

又、著名人の自死は『あの人でもつらいことがあれば自死する』という心境になり、自死を選ばせてしまう危険性もあるのではないだろうか?

ぐちをこぼしたっていいがな 弱音を吐いたっていいがな 人間だもの たまには涙をみせたっていいがな 生きているんだものby相田みつを


どんなに気丈そうな人、飄々とした人でも苦しんでる人は沢山いると思う。


自死なんてあり得ない。今、人生油が乗っていた時期なのに。しあわせの絶頂期だったはずなのに...こう言うイメージを持たれることが、逆に生き辛くさせる事もあるのかもしれない。とくに芸能人はメディアによって作り出されたイメージの中に生きなければならない事もあるだろう。


いずれにしても、見た目と違って深い孤独にいる人、心の闇を抱えている人も多いと言う事だ。つくづく人は多面的で、見えている部分、見せている部分と内面は異なると言う事。


過去に私は死に場所を探していた人、このままだと自死するのでは?と言う人たちに偶然出遭っている。(今思うと必然だったのかも)皆、明るく責任感があり、誰とでも人間関係こなしていけるような人達だ。しかし逆に繊細すぎて傷だらけだった。


何気ない会話から信頼関係が生まれ、ただいてくれるだけで、お互い安心したり、癒されたり、奮起出来るような関係になってきた。


相田みつを氏の詩に「ただいるだけで」というのがある。


「ただいてくれるだけで」という言葉に絶対的な存在感を感じる。

私もなりたい。それはとても大それた願望だが、逆に「ただいてくれるだけで」力をくれる人たちはいる。目に見えなくても、心で支え合える世の中になれますように。