ここのところ関東南部で雷雨が発生している。
夏は、ゲリラ豪雨などにより雷に遭遇する機会が多くなる季節。
なんと言ってもあの音が恐ろしい。ゴロゴロ....と始まる時はまだ遠い感覚。
雷とは、雲と雲との間、あるいは雲と地上との間の放電によって、光と音を発生する自然現象のことだ。雷鳴が発生する原因は、雷の通り道である空気が突如熱せられ、膨張して起こるという。空気は本来電気を通さないモノ(絶縁物)。しかし、巨大な雷のエネルギーは絶縁物である空気を引き裂き、何とか地面にたどり着こうとする。
雷は周りの空気の温度を一瞬にして約3万℃(太陽の表面の温度の約5倍)に熱し、圧力を高めて一気に膨張するのだと言う。その時の衝撃が周りの空気に伝わり振動させ、ものすごい音となる。バリバリバリ、ドッカーン⚡️もう生きた心地がしない。
子供の頃、高山植物の写真を趣味で撮っていた叔父が登山中、落雷に遭いそうになり装着していた腕時計を投げそこに落雷。一命を取り留めたと言う話が脳裏に強烈に焼き付いているのかもしれない。
ところでイタリア語で「雷」はfulmineと言う。(ちなみに雷鳴はtuono、雷雨はtemporale、落雷は scarica)
フルミネは、素早く恐ろしいこと、電撃と言う意味も含んでいる。
しかし、「教会の一撃」という意味で、
“fulmini della chiesa” 破門。
「晴れた空の一撃」で”un fulmine a ciel sereno” 青天の霹靂 (そのまま!とは言え晴れた天ではなく青い天!)
「雷の一撃」”colpo di fulmine” で一目惚れ。
面白いなあ。しかし、なぜ「破門」のフルミネは複数形なんだろうか?
余談だが、大和言葉「かみなり」の語源は、昔、雷は神が鳴らすもの、と信じられていて「神鳴り」と呼ばれたためだと言う。
また、「地震雷火事親父」と言う言葉があるが、世間で大変恐ろしいとされているものを順番に並べている。けれど、今や怖いのは父親よりも母親なのかも。しかも、感情にまかせ「叱りっぱなし」の毒親が多いらしいから困りもの。
そう言えば、最近は地域の雷じいさんも雷ばあさんもいなくなった。たとえ頭ごなしに怒られても、地域のルールを教える威厳や尊重もあった。今やそう言った逆に有難い存在もなく、何か言って、反抗されて暴力沙汰になっても恐ろしい。
地球温暖化と人間の自己チュー化。どれも世の中が豊かになった代償なのか...。
恐ろしい...。
