無料体験実施中 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで30年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

 

日本と違ってイタリアは6月に学校が終了し、9月より始業。

 

よって、習い事も9月から新規入会募集するところが多い。または、6月中の入会ならばディスカウント可、などとプローモーションしているところも多い。

 

我、琉球少林流空手月心会イタリアは新規会員は随時入会可能だが、やはり9月10月あたりに入ってくる人が多い。とはいえ、9月の時点で広告を配っている様では、すでに武道や空手に興味のある人は、ほぼ道場を決めている人もいるので、6月あたりから始めないとダメよね...と門下生と話していたら、新規チラシが上がってきた。

 

イタリアには空手の道場はたくさんあるが、それでも日本人の先生がおり、そして親子空手を推奨しており、また古武道ができるところなどそうそうない。もちろん、組手もある。

 

ただ、常に思うのは、武道の道場に入れたからといって、落ち着きのない子でも躾が自然につくものではない。小さな子供はたとえ道場で師範や門下生から空手道の指導を受けようとも、やはり自分の親の目を見ている。親に自分を見ていてもらいたいと思っている。だから付き添いでくる保護者もたとえ、自分はやらなくても、自分の子供をしっかり見ること。そして自分自身も道場での礼節を守り、師範や道場の門下生にも尊敬の念を置くことが大切であると思う。その一番の手本となる親がおしゃべりに講じたり、読書をしたり、携帯電話をいじるのでは子供も稽古に集中出来ない。我々一人ひとりが真剣に稽古しているのである。しかしいちいち注意していると、なんだか自分がすごく意地悪なおばさんに思えてきてしまう...

 

空手は礼に始まり礼に終わる

 

人それぞれモチベーションはあるだろう。組手が好きという子も多い。特に若い子は、力もスピードもあるから楽しいのかもしれないが、それでも格闘技じゃないからね。相手を倒すことではなく、相手の動きを見て、どう動くか。コンビネーションや得意技を磨くことが大切。

 

また、空手は護身術であり、自己鍛錬の手段。向き合うのは自分自身であり、型を通じて自分を磨くことこそが沖縄空手の稽古。さすがに小さい子供にそれを求めるのは難しいだろう。毎年習い事を変えるイタリア人は多いし、途中でフェードアウトしてしまう子もいるが、数年続けている子には、やはりそれなりの進歩が見える。目の輝きが変わってくるのを見るのは、一緒にやっていて非常に嬉しい。

 

逆に中高年たちは、徐々にあちこちを怪我をし、休会と復帰の繰り返しが多くなる。苦笑 こんなはずじゃなかったのに...と私自身も感じている。まだ週4回稽古に出られなくはないが、今後の体のケアを思うと、続けられなくなる方が辛いので、連日稽古は控え、体を休めるようにした。(私としては進歩だ!笑)

 

何と言っても沖縄には空手歴50年、60年、70年という“現役”も多く存在する。空手の稽古を続けていけばこうなる、というモデルも巷に溢れているという。

 

イタリア本部には、流派は違っても子供の頃から数十年空手を続けているイタリア人門下生も数人いるが、彼らは伝統空手に行き着き、口を揃えてもっと研究をしたいと言っている。競技空手と伝統空手とは、一見何か違うように見えるものがあるが、沖縄空手の長老諸氏の演舞にみる身体操作術というのには目を見張るものがある。

 

何事においても言えることだが、習い事の範囲でいるか、または、その指導をきっかけに、本物を自ら探求し続けるかに分かれることだろう。

 

まあ、だから面白いのだけれど。

 

https://gesshinkaiitalia.wordpress.com/