FBの友人がある記事を紹介しておられた。素敵な内容だったのでおすそ分け。
「おはよう」 ー 新しい夜明けの始まり (カトリック「典礼のしおり」2019年4月21日C年「復活の主日」裏表紙)
主のご復活おめでとうございます。死者のうちから三日目に復活された主イエスは、空っぽの墓を見て、深い悲しみに沈むマグダラのマリアに現れ、先に言葉をかけられます。それは「おはよう」(マタイ28:9)という言葉でした。あまりにもありふれた私達の日常生活の言葉で、もっと他に気の利いた言葉がなかったものかと思ってしまいます。
障がい者施設で働いている頃、忘れられない出来事がありました。ある日、施設の利用者方のお世話と職務で心身ともに疲れ切り、人と向かい合う元気や情熱も失せ、様々な事柄に無関心になり、虚脱感と無気力が私を覆っていました。心には喜びや光もなく、深い霧に包まれ心は空っぽになっていました。そんな状態で重い腰を上げて職場で向かいました。
職員室へ入ると、見たことのない女の子が椅子に座ってニッコリしながら私を見ているのに気がつきました。でも疲れ切っていた私は、彼女を完全に無視して足早にロッカールームへ向かいました。すると「おはよう!」という明るく、元気で弾むような声が聞こえてきました。その声を耳にした瞬間、私の心の中をさわやかな風が吹き抜け、そこに光が差し込み、心が温かいもので満たされていくのを感じました。彼女の「おはよう」と笑顔に、身も心も軽くなった私は、彼女に「おはよう」と笑顔で元気に答え、一日を始めました。実は、彼女の話せる唯一の言葉が「おはよう」で、この言葉が私に新たな命を吹き入れてくれたのでした。
「おはよう」は、新しい夜明けの始まりの言葉です。誰も思い描けない新しい何かが、これから起こるような予感を私達に感じさせるワクワクする言葉です。復活された主イエスこそ、人類に対する神からの「おはよう」です。その声を耳にする者は皆、新たに生まれ、命で満たされます。神の「おはよう」を聴いた私たちが、その呼びかけに応え、世界を愛でいっぱいに満たしていけますように!(平野哲也 聖アウグスチノ修道会司祭)
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私は、ある少女を思い出した。
今でこそ、家の近所にはM5と呼ばれる地下鉄が通っているのでそれを利用しているが、以前はバスに乗ってから別の駅から地下鉄(M1)を利用していた。今でもそこは乗り換えに利用するものの、改札の外に出ることはないので、その少女がいまだにいるのかどうかは知らない。
その少女は言い方は悪いが、物乞いのロム(ジプシー)だった。地下に入る入り口階段の一番下に座り込み、一人一人に向かって”ボンジョールノ!”(おはよう)”ボナ•ジョルナータ!”(良い一日を!)と声をかけてくるのだ。その声は、アニメに出てくるような高い女の子の声なのだが、非常に明るく嫌味のない素直な感じ、きっとその少女がそうなのかな?と想像させるような明るさだった。
差別のようで申し訳ないが、通常地下鉄で出会うロムはほとんどがスリだし、近所でみかけるロムたちも、どこかで盗んできたであろう携帯電話をいるか?と売りつけてきたり、物乞いをしている割りに、平気でタバコを吸いビールを飲んでいる。子供達はオラトリオに来ては暴言を吐き、暴れまわり、古着を捨てる大型のゴミ箱には体を入れて盗みを働き、気に入らないものは全て路上に投げ捨てていく...あまり印象はない。毎週日曜日のミサの前後に教会前で物乞いをしている彼らも同じ。態度が横柄なのだ。
けれど、少女は目が輝き笑顔も可愛かった。個人的に彼女を知る人も多いのか、逆に声をかけている人も少なくなかった。
ところで、以前まだ我が家がミラノの日本語の補習校に在籍していた頃、保護者総会で、挨拶をしない子供が多いので、挨拶を促すボランティアを入り口に配置してはどうか?という提案があった。思わず「は〜?!」と思ったものだ。それは家庭で教えるものだし(かといっても我が家にも挨拶できないものが数名いるが...)そう思うのならば、気付いた人が率先すればいいこと。我が家が補習校に入った頃(16,7年前)は当時の理事長が自ら入り口で全員に大きな声で挨拶をしていたものだ。(家族つながりもあったが、いつどこでお会いしても気持ちのいい挨拶をされる方だった)周りに変えさせようと指示するのではなく、自らが模範を示していけばいいことだ。
挨拶、特に朝の元気な挨拶は、自然と相手に対して喜びを与えたり、周りの人を明るく元気づけたりする言葉のよう感じられ、一日の始まりにはとてもふさわしい言葉だ と思う。
「おはよう」があれば「いってきます」「いってらっしゃい」「ただいま」「おかえりなさい」にもつながり、「ありがとう」「ごめんなさい」だって言えるようになる。特に最後の二つは、常に相手のことを意識し、相手を心から思いやる大切な言葉。子ども達はもちろん、人権意識を育てる上においても、最も大切な言葉のひとつであろう。
『 おはよう』は、新しい夜明けの始まりであり、人の心と心を結びつける心の架け橋になる大切な言葉ではないだろうか。一人でも多くの人に、声をかける努力をしてみよう。
