最近、立て続けに人に「裏切り者」と言われることがあった。人聞き悪いわ!
一度は、昨年一緒に夏のオラトリオで、配膳から後片付け、そして掃除まで一緒にしたシスターに。昨年の冬に訳あって私がオラトリオから離れ、放課後の小学生や中学生に無料で勉強をみる”doposcuola"に、ボランティアで誘われても行かなかったし(実際時間的に無理)、今年の夏のオラトリオも一緒にやろう!と言われても、うーん、今年は気が向かないわ...といって離れている。
ただ、オラトリオの中学生たちに会うと、「帰ってきて〜!」と声をかけてくれるが(大抵は女の子よりも男の子)地元で騒ぎまくり人様に迷惑を掛ける様などを見ていると、申し訳ないが、もうとても彼らに付き合うエネルギーが湧いてこない。行くなら喜んで行きたいし、帰宅し、愚痴しかでないならばやらないほうがよいのだ。それで「裏切り者」かい?
また、数年まで理事会メンバーだったITAMA。当時間借りしていた小学校の校舎の補修工事のため、地元パロッキアを借りている。今日たまたま出かける際、パロッキアの前で元同僚にあった。そこでも何度も戻ってきて!と言われたが、語学学校でボランティア以前に私には勉強がある!しかしITAMAは初級から中級までしかないのだ。2年前ミラノ市のイタリア語学校に入ったものの、あまりにもレベルが高くついていくのが非常にきつかったし、当時の次男の学校行事のボランティアで忙しくなり、その分授業にも行けずドロップアウト。今回初めて地元の、ITAMAとは別の、しかもほぼ無料の学校に入ったが、結局、やる気さえあればお金を払おうが、払わないだろうか、あまり個人的に変わらず。上記彼女たちとおしゃべり中、ふと「私たちの学校」と行ってしまったが故に「裏切り者!」と言われたんだわ...困るわ、その言い方!
ところで、ユダはイエス•キリストの12人いる弟子たちのうちの一人だが、イエスを裏切ったため、「裏切り者」の代名詞となった。 また、イエスを銀貨30枚で売ったのだが、欲に固まっていたユダは、イエスの信頼を裏切るだけでなく、仲間の弟子たちの信頼をも裏切ることになったのだ。そして、イエスを逮捕する時に行なった接吻・”Bacio di Giuda"(ユダの接吻)は非常に有名で、後世にも『ゴッドファーザー PART II』でも描写されているようにイタリアのマフィアが裏切り者を処刑する際、この行動を真似るという風習が存在したそうだ。
ジョット カラヴァッジョ
ところで、こちらは「最後の晩餐」。
ミラノのサンタ•マリア•デッレ•グラツィア教会の壁画、ダ•ヴィンチの「最後の晩餐」は有名だが、多くの画家たちが実はそれを描いているのだ。あまり、考えたことがなかったが、どの絵も弟子たちの座る順はまちまちで同じではないのだ。ユダはお金の入った袋を持っているものもあれば、頭に後光が描かれていなかったり、一人だけ机の反対側に座っているものもある。また、着ているものが黄色の場合が多いのが特徴。。英語で「腰抜け」という意味がある"Yellow"はユダが黄色の衣を纏っていたからなのだそうだ。
いやいや見入ってしまう。
何れにしても、裏切り者はどこにでもいる。しかし裏切り者の心理とは?意外に、自分のことを話さない人は、人を裏切る傾向があるのだそうだ。もちろん、何か話せない事情もあるだろうし、もともとそのつもりで近づいてくる人もいることだろう。見栄っ張り。損得勘定で人と付き合う人。お金にだらしない人...日本の歴史を思い返してみても、織田信長、明智光秀、豊臣秀吉、徳川家康...常に主人(主家)への裏切行為が繰り返されている...。
しかし、ユダは自殺する必要があったのだろうか?常に思う。
理想が高すぎて結局イエスに失望したのかもしれないし、または自分の罪を恥じたのだろうか?
ユダの木を見るたびに、何も自殺しなくても良かったのに...と思ってしまうのは私だけだろうか?







