どんなに若さを保とうとしても、目(視力)は嘘をつかない。
もちろん、個人差はあるものの、遠くも近くも問題ない、とは言ってられなくなるもの。
私もなんとなく、目の前がぼーっとしてきたのは40代半ばあたりだっただろうか?よくこの状況でいられましたね、と眼科医に言われたものの、メガネを掛け始めたら、どんどん視力が進み、3年連続作り直し、今やっと落ち着いたところ。
編み物は、ほとんど手元を見ずに編むので、眼鏡はあってもなくてもいいが、いざ本を見る際、目の前が見えなくなるのでやはり老眼鏡はなくてはならない。
また、高校生頃から乱視がまざった近視で眼鏡をかけるようになった。車の運転は眼鏡等の条件付きだったが、あれって眼鏡やコンタクトレンズをせずに運転すると、免許条件違反となり、違反点数や反則金が課金されるのね。事故を起こそうものなら、過失が上乗せされ、自動車保険金の支払いも減額されることがあるそうだ。
こちらでは車は運転していないし、滅多に眼鏡をかけることはないのだが、今年に入り通い出したイタリア語教室では眼鏡なしでは全くホワイトボードが見えない。
とはいえ、老眼もあり2つの眼鏡を駆使しているのだが、あっちをかけたりこっちをかけたり、本当に面倒だ。ちなみに教師は、一人は50代半ば、もう一人は60代半ばあたりだろうか。二人とも眼鏡をかけているが、やはりかけたり外したり...その度に、どこへ置いた?と大騒ぎする。かくいう、私も頭にかけて、ないないないないと一人で探し、挙句の果てに筆箱を床に落とし、取ろうとして机の下に入ると、今度は椅子を倒したり、バタバタ慌ただしいサザエさんと化してしまう。苦笑
クラスメートは20代から50代までいるだろうか?若いエジプト人の妊婦がいるが、「その2つの眼鏡の違いは何?」と授業中聞かれた。説明し、きっとあなたも私の年齢になったらその煩わしさを感じることだと思うよ、と伝えた。笑
ところで、先日参ってしまうことがあった。老人ホームにいる日本人シスターのシスターPを訪ねて行き、数人分の手紙を代筆したのだが、その文面に「私は今煉獄にいます...」という冗談めいた内容だったのだが、まずい!<煉獄>の「煉」という字がわからない!するとシスターに談話室に辞書があるわよ、と言われ、行ってみると国語辞典があったので持って帰りさあ、調べてみると字が小さい!じゃあ字の大きな伊和·和伊辞典があるわよ、と言われたが、また戻るのが面倒だったので大丈夫ですよ、といって片目を閉じて辞書を見てみたが、全く見えない!シスターの眼鏡をかけたがダメ。そこで虫眼鏡をかけてなんとなく、こんな感じ?くらいになった。
「練習」の「練」の字じゃない?とシスター。いや違いますよ。(実際は代用字として使用も可能らしい)といい、じゃあ「鍛錬」の「錬」かしら?というので、違いますよ。「火」偏ですけどね、右側は「東」のようでちょっと違いますね...あーでもない、こーでもないといい、それでもシスターに恥をかかせてはいけない。本当に焦ったものだ。
いやいや、老眼鏡というのは、どうも「老い」を実感してしまい、抵抗がある。とはいえ、「老眼」は病気ではなく、誰でもが通る道。エイジングに伴う生理現象なのよね。(ここで「加齢」という言葉にも抵抗感💧)
ちなみにこちらは、老眼のツボである「老眼点」。老眼点を刺激して、老眼の症状を緩和させよう。
無理をしないのが若さの秘訣。QOV(クオリティ・オブ・ビジョン)を上手に維持してQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を向上させ、末永く若々しい日々を楽しもう!

