とばっちり | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

 
 
最近、たまたま側にいたため、災難が降りかかった人を数回見かけ、なんともいえない気分になった。
 
いずれもバスの中やバス停で起きたのだが、1度目は、バスに乗ると、車椅子に乗ったご主人と共に降りようとされたお婆さんが、運転手が入り口の段差を解除してくれるのを待っている間、二人乗りのベビーカーを乗せたアラブ人女性が先に乗り込んでしまった。車椅子のお二人は、そのアラブ人女性を”male educato"悪い教育、行儀がよくないというか、まあ常識、良識もない、といった意味でいきなり罵り始めた。それもひどいなあと思いつつ、その女性は通路にベビーカーを移動させようとしたが、なにせ縦に二人乗りのベビーカー。思うように動かせない。
 
そこに現れたバスの運転手。今度は近くにいたアラブ人男性を罵り始めた。まあ、見ていて何も手助けしなかったから気が利かない、というような意味だったのだろうか?確かに混み合ったバスや地下鉄で、たとえ、お年寄りや子供がいようとも、空いている席があると平気ですわるアラブ人男性は多い。このシチュエーションではある意味、その男性に気がついて動いて欲しいものだったが、だからといって周りが彼に文句を言うのは筋違い。(ちなみに私の居場所から助けに行くには、ちょっと無理があった)結局車椅子の人は降りたが、バスの締まったドアの外と中とで罵り合い。とばっちりが飛んだアラブ人は気の毒であったが、汚い言葉を発するのはみっともない。
 
また、別に日のバス停で、バスの待ち時間が8分だった。が、数百メートル先からバスが来ていた。この電光表示版はあてになりませんね、とあるイタリア人のお婆さんと話ていた。するとそのお婆さん、教皇と領主と誰だか?の言葉には従うな、という諺だか笑い話を聞かせてくれたが、途中からどこかの方言だったのでよく意味がわからず。そこに電話を終えたばかりのお婆さんが現れ、ちょうど私達に顔を向けたような感じに見えたので、再びその諺だか笑い話を繰り返した。
 
みるみるうちに、電話のお婆さんと、「こっちは怒りで気分が悪いの!そんな話、聞きたくもない!」と言い出した。確かに電話で誰かと言い合っていたようだ。「いや、私は悪気があって声かけたわけじゃないのに」と前記婆さん。「大体諺だか言い回しなんてなんの意味がある!」罵る後記婆さん。あれれ...私は目を白黒。すると後記婆さん、私に近づいてきて「まったくナポレターノ(ナポリ出身の人)は嫌だよ!」と言った。ミラノはイタリア南部出身の人が多いが、生粋のミラネーゼミラネーゼは南部出身者を馬鹿にするが、南部出身者同士も馬鹿にし合う。
 
ちなみに、三代そこで生まれ育たないと生粋の出身者とは言えないようだ。であれば、私は東京出身だが、母は東京でも祖父母達が栃木、福島出身で、父は岩手出身。となると、イタリア流に言うと、私は東京出身だが、オリジナル(?!)は東北出身となる。まあどうでもいいことだが、イタリア人は変なところにこだわるんだな。
 
ところで「とばっちり」とは、飛び散る水しぶきを意味する「迸り(とばしり)」が音的に変化したもの。ただし、とばっちりと言った場合、水しぶきを指すのではなく、水しぶきの近くにいたために自分も水を浴びてしまうことから、傍にいたり、何らかの関係があったため、あわなくてもてもよい災難にあうことをいう。
 
ちなみに「とばっちり」とは東京方言らしい。