パロッキアの聖歌隊に加わりやオラトリオでボランティアをし始め、かれこれ4,5年になるのだろうか?それも全てドン•リカッルドと呼ばれる司祭に巻き込まれたからだった。
家庭の問題やらボランティアとしての存在意義に対し、もうだめだ、しんどいと思うことも度々あり、その度にドンに相談してきたが、励ませされ、支えられ、よっしゃーもう少し頑張ってみるか...とここまで来た。ちなみにこのドン、私よりも20歳も若い司祭。息子...ということもあり得る年齢だけれど、弟でもない。どちらかというと、兄のような存在で慕ってきた。
その彼がついに移動してしまった。司祭でありながら、教会音楽を学ぶため、コンセルヴァトリオと呼ばれる日本の音楽大学の大学院に当たる学校で教会音楽を専攻。最高の点数で今年卒業したと思ったが、まだあと2年コースがあるそうで、今度は北イタリアのトレントへ移動。前大司教の勧めでもあったそうだ。
2年後にはミラノに戻ってくる。でも私たちのオラトリオに戻ることは、筋が合わないだろう?とまだ公表される前に教えてもらった時は、ただただ涙が流れた。彼がいたから(正式には彼を通して神様の存在が身近だったからだが)頑張れたのに...。といっても恋愛感情では決してないので、誤解のなように!
オラトリオでのボランティアは、本来ならやりがいのあることだろう。けれど、私たちのパロッキアはミラノのブロンクスのようなところだ。カトリック信者ではない人も、平等に受け入れる。けれど、宗教とか国籍とかいう問題ではなく、もう最低限のしつけや教育のない子たちも来るわけで、彼らとの共存は困難で、思わず見てみないふりをしてしたくなる自分がいかに偽善者であったか思い知らされた。とにかく彼らが来ると思うだけで気が重くなる。また、問題を起こすのではないか、という不安、そしてなんでああいう子たちを受け入れるのか?と文句をいうイタリア人の保護者への対応。いや〜、私だってどうしていいかわからないんだってば!というのが本音。
夏のオラトリオは結構辛かったので、ドンがいなくなるのなら、私も徐々にオラトリオから離れたいな...と密かに思っていた。担当の月曜日はカテキズモとバレーボールのクラスがある。(今年度からミニバスケットに変更)まだそれらは始まってないので、ドンがいる限り出なくてもいいと言われていたので、夏休み明けもしばらくオラトリオから離れていたが、今日はどうなの?と先週何気にドンに電話をすると、今日はミラノにいないけど、既にに次のドンファビオが着任しているので、コンタクトを取ってみて、と言われ、嫌な気がしつつも、オラトリオへ出かけてみた。
ドンファビオって誰?30歳代とは聞いていたけれど、顔がわからず、オラトリオ内を歩いていると、いきなり「おーっやっと会えたね。T子!!会いたかったよ〜」と声をかけられた。私服なので、だれが司祭だかわからず。ゲゲ。やたら若くて感じがいいんですけど、まずい! 結局そのまま3時間居残ることに。それからオラトリオ関係者を呼んでいるので、ちょっと残ってくれる?と聞かれた。はあ?と思いつつも、残ると、自分たちが考えるオラトリオ。そして改善点。どうあるべきか教えて欲しい!と言われた。
そして、次々と彼が気づいた疑問点を指摘された。着任してわずか二日くらいなのに的確に、我々の問題点は把握しており、また人の名前を覚える天才でもあった。
えーっそれってまた抜けられないこと?泥沼状態??結局ふらっとドンに挨拶しに出かけただけだったのに、帰宅は8時半。夕飯が作れず焦ったが、これも神様のご計画だったのか...。
続く

