8月20日、横浜にて所属している琉球少林流空手道「月心会」の全国大会が行われる。
空手を始めて2年。子供達も松濤館空手から移籍し2年、初めての出場となる。イタリア支部からの参加者は21名。初出場の人たちは、一試合でも勝てるように。でも我が家に関しては、入賞を目指すこと!といきなり高いハードルを課せられた!確かに色帯のうちにタイトルを取っておかないと、黒帯になったら上には上が山ほどいらっしゃるわけで一勝さえも可能性は低くなる...というわけで、やるなら「今」でしょ!となるわけか...
しかも、私が参加するカテゴリーは既に50歳以上の「シニア」。とても貫禄あるカテゴリー?!。それでも男女ともに戦うが、色帯、黒帯は別々。そりゃそうでしょ!50歳代以上の黒帯と言ったら、ほとんどが師範またはそれ以上の方々か指導者クラス。彼らは彼ら...と割り切りたくても参加するモチベーションも盛り上がらない!とはいえ、シニアの色帯の参加者は10数名なので、他のカテゴリーに比べると、イタリア本部では一番入賞の可能性が高い?またはそうでないとまずい?ポジション。途中でころっと負けたら、それは罰が下りる!とまで脅かされている始末。師範はどんだけ私にプレッシャーをお与えになるのか...
さて、毎年この時期、稽古に出ると、毎回、大会参加者は別プログラムが準備されており、外に出たり、一般門下生とは別のことをしていた。それを見て、特にどうとは感じずも「ふーん」と思っていた。今年、自分がその立場になり、今までの稽古はなんだったのか?と思うくらい、集中的に、細かいスパルタ指導が始まった!絶対、完璧どころかokが出ない。どうしてもできない部分がある。上半身のバランスが悪いと言われ、いきなり刀を渡されて、ポール2本10センチくらいの距離に置かれ、刀をその間に振る練習をするようにと言われる。しかし、両脇のポールには触れてはいけないという。ムーリー。
右手はただ、刀を持つ左手に添えているだけなので、実質的には左手だけで刀を振るのだが、ポールに当たる当たる...刀を振りつつ、感覚がなくなっていく...100本打つよう言われたが、気づくと180本ほど打っていた。では、前後に足を出しながら、刀を50回振ってみて、と...剣道かい?!
ちなみに、空手の修行といえば、映画「ベスト•キッド」のミヤギ先生を思い出す...
「ダニエルさん、ワックスかける!ワックスとる!」「ダニエルさん、右手でする。 左手でする。」「ダニエルさん、アップ。ダウン。アップ。ダウン。繰り返し」...流石にそれはさせられていないけれど。爆
ところで、T子さん、何を目指しているの〜?よく友人に言われる。何を目指しているのか?というよりも、的を絞って「何のために空手をするのか?」をそれが重要。当たり前だが、今更オリンピックを目指すわけでもなし、ダイエットや健康維持、ましてや喧嘩に強くなりたいとか痴漢防止のため、というわけでもない。強いていえば、「自己鍛錬」か?アラフィフ女の挑戦。自分への挑戦。苦笑
この「鍛錬」という言葉を、宮本武蔵は「五輪書」で「千里の道もひと足宛はこぶなり。千日の稽古をもって鍛とし、万日の稽古をもって錬とす」と言っており、それに関する解釈を以前師範は通訳をつけ説明された。
1年365日。1日最低3回ずつでも型を打てば1000回にはなる。毎日欠かさずにやり続けていくと、その型は体に染み込み安定感が出てくるという。なので、最低でも3年以上、紫帯以上の保持者の型は、安心して見られると師範。今日昇級試験を受けたが、常に型がぶれない芯があり、しなやかでそれでいて強さと安定感があるか?!といえば、まだまだだ。始めて2年。やはり型は打つ回数に差が出るのだろう。どう考えてもまだまだだ。
ところで、「鍛」も「練」も辞書を調べると「ねりきたえる」という意味がある。
その違いは、「鍛」は金属を打ち鍛えること「練」は絹糸をねることとある。また金偏の「錬」の場合は、金属に焼きを入れて硬質なものに鍛える、とある。いずれにしても、千日の稽古は形作りで、万日の稽古はより繊細に、完成度の高い仕上げを目指すということだろう。
今年の全国大会は、初めの一歩。悔いなきものにしたい。
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