喧嘩をする内容は違うものの、対長男、対次男との喧嘩(あくまでも口喧嘩)が絶えず、私ももう忍耐の限界にきている。
やっと長女の反抗が終わったと思ったら、今度は息子のW反抗。まだ次男は11歳。このトンネルは何年後抜け出せるのだろうか?と考えるだけでも、ぞっとする。
ところで、最近素敵な話に出会った。それは、「子供と接するときに重要なこと」ということ。
子育てをするときに最も重要なことは、子供の方が自分より優れているということを理解しているかどうかだという。子供は知識がなく劣っていると大人たちは考えがちだが、本能と直感に優れ記憶力と適応力は大人など比ではないという。大人たちが十年修業しても出来ないことを、子供たちは一年で身に着けてしまい、言語も書くことさえ知らなくても理解してしまう。大人たちとはもはやレベルが違うということ。
確かに、次男などまだ乳幼児だと思っていたが、ぱっと見た瞬間捉える人のイメージは非常に鋭い。また大人、特に親の言動をよく見て分析しており、口げんかの際、痛いところを突いてくる。ママは常識や体裁が大切なの?家族をどう思っているの?...厳しいわ。そして、在伊23年。そうでなくても、職場にイタリア人がおり、お遊びでイタリア語に触れていたし、それがきっかけでイタリア語学校に通うようになったのだが、イタリア語のレベルは完全に子供たちの方が上。「ママ何言っているかわからない!」と言われるのがオチである。
だからといって子供には英才教育やら特別なものを与えるのではなく、基本的に自然に育てていくことが重要で、大人が介入すればするほどヘボい大人に育っていく。確かに、日本だと良い高校、良い大学に入り、良い会社に入って、いい人と結婚をする...まともすぎるというか、人生にあそびがないというか、今だから感じるものがたくさんある。
「魔の2歳」「魔の4歳」というが、今までの経験からすると、今がど真ん中の「魔の思春期」。もうイライラキリキリ私の神経も子供の機嫌によって、上向き、超降下、ジェットコースターかい?!こんなことで一喜一憂していてはいけない。また、親が子供を育てているのではなく、親が子供に育てられている。つまり「育自」。かーっとなる時、ああ、私は試されている。ああ、私はここでストップをかけられる人間にならないといけない。理性を働らかせなければ..と思う。親の常識や体裁、知識などだけを押し付けるのではなく、それ以外に大切なものを伝えて実感させていくことこそ重要。
今更ながら、親の務めってなんなのだろう?と思う日々。
子供を信じて待つということは、どんな大人にとっても何を教えるよりも大切なことだという。まさに「忍耐」
そして子育てに悩んだら「子育ち」という言葉を思い出した。
いつも子どもにありがとうと言いましょう。
いつも子どもにごめんなさいと言いましょう。
いつも子どもを抱っこしたりハグしましょう。
いつも子どもの前では真実の姿でいましょう。
いつも子どものことを見守っていましょう。
いつも子どもに信賞必罰の姿でのぞみましょう。
いつも子どもに本当の歴史を伝えましょう。
いつも子どもと会話するようにしましょう。
いつも子どもとともに遊ぶようにしましょう。
いつも子どもに愛していると伝えましょう。
いつも子どもにごめんなさいと言いましょう。
いつも子どもを抱っこしたりハグしましょう。
いつも子どもの前では真実の姿でいましょう。
いつも子どものことを見守っていましょう。
いつも子どもに信賞必罰の姿でのぞみましょう。
いつも子どもに本当の歴史を伝えましょう。
いつも子どもと会話するようにしましょう。
いつも子どもとともに遊ぶようにしましょう。
いつも子どもに愛していると伝えましょう。
親になるって大変なことだったんだ。今更ながら、学ばさせてもらっている。
