今日5月29日は「ヨーロッパ青空美術館デー」及びミラノのモヌメンターレ墓地の150周年を記念し、単なる墓地ということではなく、美術的にも「表現の場」としての墓地、すなわちCimiteri Monumentali(記念日墓地)がガイドと共に一般公開され記念式典が行われた。
朝から雨で一度は出かけることを諦めたが、我が家からモヌメンターレの真ん中あたりの場所にどうしても行かなくてはならない用事ができたので、午後に出かけると、ちょうど雨も止み晴れ間も見えてきたので、モヌメンターレまで足を伸ばしてきた。
モヌメンターレ墓地は、1860年建築家のカルロ•マチャキーニ氏の設計でロンバルディアの中流以上の名家が設立したという墓地。(ちなみに、地下鉄M3にマチャキーニという駅があるが、彼の名前だとはその時まで知らなかった。)1866年より埋葬が始まり、今年で150周年。敷地は約25平方メートル。
正面の建物から左右に回廊が伸び、ミラノで活躍した著名人や富裕層の墓が収められている。そこには、イタリアを代表する詩人、アレッサンドロ•マンゾーニやリソルジメント期における政治家及び政治学者であったカルロ•カッターネオ氏の墓もあった。
この回廊には、墓地正面の広場に向けられて墓が作られており、墓が広場を見下ろす作りになっている。
墓というよりは、美術館のようだ。次男に声をかけると、「ママ、ここは魂が眠っているんだよ。静かにして!」とたしなめられた。確かに、何か胸をわしづかみされたような息苦しさを感じた。怖いとか悲しいといかそういう感情ではなく、なんともいえない死生観を突きつけられたような感覚だ。
人は誰しも生まれた時から、死に向かって進み、最後には墓に眠る。だから墓は死のシンボルかもしれないが、同時に生きた確かな記憶でもあることを見せつけられたような気がした。
日本で墓参り、というと墓の前に立ち、愛する人の死を悼み、自分の「生」を報告する。けれど、自分の死の時までの生への思いを知らない方々の魂に向かい誓わされたような気がした。
トルコ旅行に出かけた際、カッパドキアで地下に広がる地下都市は、人が住んでいた跡地であり、墓場も教会も存在していた。そこにも偉大な魂を感じたが、そことは又違うエネルギーが漂っていた。
墓地の外側の部分には、庶民向けの棺を積み重ねた墓から、大規模な教会や家のような墓までが存在していた。やはりキリスト教の影響は大きいが、キリスト像を始め、イバラを墓石に飾ったものや、聖母マリアに抱かれたピエタ像。
「滴り落ちず飛ぶ。沈まず飛び立つ」イタリアの詩人”ダヌンツィオ”の詩が書かれた元パイロットのUmberto Fabèの墓。ダンヌンツィオはギリシャ神話のオデュッセウス を自らの理想像としていたそうだが、これは、メドウーサか?
現代の日本社会において墓地というと、同じ形の墓が単調にずらりと並び、殺風景というか暗くて陰気なイメージを感じるが、ここモヌメンターレでは、墓碑とは思えぬ繊細さ、そして非常に芸術性が高い「作品」群に圧倒された。
最近、日本でもここミラノでも友人、知人の訃報が入った。「死のあり方」とはなんだろう?多様な「死」のあり方を感じ、考えさせられる。結局「生」と「死」は同じ道のように感じられる。生に続く同じ道。心を、魂を、力を尽くして生きてみよう。
Monumentale Museo a ciero aperto
Piazzale Cimitero Monumentale
開館;8:00~18:00
休館日;月曜日
料金;無料
Piazzale Cimitero Monumentale
開館;8:00~18:00
休館日;月曜日
料金;無料


















