先日、空手の稽古の後に、いつものように師範から門下生相手に話があった。
何からそういう話になったか覚えていないが、「君たちオシャレは誰のためにするの?」という話だった。「君たちの周りとかさ、君たち自身、オシャレをするのが好きって人いるでしょ?」「ああ、いるいる。我が家にチャラ男が。。。」と脳裏で自分自身との会話が続く。
オシャレは他人のためなんだよ。そして、人を不快にさせることはしてはいけない、ということだった。そして、またどこからそういう話になったのか記憶にないが、「イタリアの公共のトイレは汚い」という話から、それでも「高級ホテルのトイレは綺麗。それはなぜか?」というので、「そりゃあ定期的にチェックが入り、掃除してるからだわさ。」と自分自分との会話をしたが、「高級ホテルに泊まったり、出かけたりする人は、他人のことも考えられる人がいるから、たとえ汚しても綺麗にしていく。そういう心がけが大切なのがわかる?」とおっしゃる。ふと、私は次男の方を向いて(その日、長男は欠席)「ほら、言った」とジェスチャーをする。
私も、いつも誰が見ていようが、見てまいが、そして誰がいようがいまいが、出したらしまう。汚したら綺麗にする。ずっと言ってきているし、モンテッソーリ教育でも学んできているはずなのに、子供たちは全く身に付いていない。なぜ???誰かが(特に母親が)してくれるからいいよ、というわけか?
教会でもミサが終わると、しおりや聖歌集をそのまま席に置いていってしまう人がどんなに多いことか?私は聖歌隊の席のみ片付けていくが、「ありがとう」というおじさんはいるが、だからと言って自分は片付けない。イタリア人家庭には、掃除婦さんがいる家庭が多いから、片付けは自分ではしない、ということか?
生活の基本でしょうが...と思うことが多い。
先日、何かで面白い教訓を読んだ。それは「3つのR」というもの。
①Respect forself (自分自身を尊敬しなさい)
②Respect for others (他人を尊敬しなさい)
③Responsibility for all your actions (自分の全ての行動に責任を持ちなさい)
②Respect for others (他人を尊敬しなさい)
③Responsibility for all your actions (自分の全ての行動に責任を持ちなさい)
最終的にはこれか。自分をよりよく生きるための心得のひとつかもしれない。
