学校が始まり1ヶ月。
子供も生活に慣れたところで、今度は保護者の番。懇談会の季節となった。
今年は、なぜか長男の高校と次男の中学が同じ日のほぼ同じ時間に行われたから困ってしまった。長男も留年したことで、親にとっても新しいクラス、新しい教師軍。さあ、どっちを優先にするか。夫は出張中。いたところで片方のクラスに行ってくれるはずがない。期待したことさえないのでまあいいさ、結局次男の中学へ出かけた。
各教科の教師から、この一ヶ月のクラスの様子や授業内容、学年末までのプロジェクトなどが説明される。教師軍も各クラスを回らなくてはならないから、大変なんだろうけれど、いきなり教室に入ってきては、今、その時点で説明している同僚がいるにもかかわらず自分の言いたいことだけ言って行ってしまう人も多い。生徒たちは、中学校周辺の2つの小学校から持ち上がってきた家庭の子が多く、従って保護者同士も皆知り合いの様子。私も地域といえば、地域なのだが、次男が在籍していた小学校から2名しか入学しておらず、しかもクラスは別なので、クラスには知っている人は誰一人いない。そして、イタリア人は基本親切だが、こちらが心を開かないとなかなか声をかけない人も多い。(もちろん日本もそうかもしれないが)空気を読みながら、人間観察。学校によって保護者のカラーも様々である。昨日来ていた外国人はクラスは私のみだった。エジプト、モロッコ、南米、ルーマニア人の保護者は来ていなかった。まあそんなもんだろう。
担任からは、「中1とはいえ、まだ小学校から上がったばかりです。翌日の宿題やカバンの中は一緒に確認してあげてください。」とのこと。「ジュースト、ジュースト。」(当然)といって頷く母親あり。えーっ?!なんで過保護?と思いつつ、目を白黒。忘れ物が多ければ、授業が進まないのは本人の責任だと思うが、「私(担任)が困ります。協力してください。」とのことだった。ふーん...いつまでたっても、親子べったりなのだ。中学くらいまで勉強が出来る子は、たいてい親がべったりくっついて質疑応答を繰り返す。そのエネルギーはすごいなあと思う。自分の子供には、感情が爆発しそうになり(爆)絶対教えられないもの。
また、始業して一ヶ月が経つと言うのに、未だにイタリア語の文法の教科書がない。各自、中古教科書取り扱い店や文房具店やスーパーなどを通して教科書をオーダーしているが、誰一人持っていないと言う。我が家もそこの文房具やでは注文客のリストの一番だから、とは言われるものの、いつまでたっても入手できず。彼らは業者にオーダーして、自ら取りに出かけるらしい。なんと効率の悪さ!結局イタリア語の教師が教科書の業者に取り合わせしたところ、未だの教科書供給所に届いていないということは、印刷中ということなのか?開いた口がふさがらない。それで、「教科書を持ってきていません」とノータと呼ばれる減点される注意書きをもらうのは、おかしな話。さすがにそれは、保護者からも苦情が出ていた。あ〝~ここはイタリア。後進国だ...
学級懇談の後、恒例の保護者の学級委員選出の選挙。これだけは、イタリアって大げさだなあ、と思うのだけれど、選挙管理委員会ではないが、各クラスから係を3名選出し、投票を管理し、投票率まで出して、表と合わせて学校へ提出しないと帰れない。投票する方も、身分証明書がなくてはならない。2度ほどやったことがあるけれど、何をやってもゆるゆるのイタリアの割に、こういうところだけ、型にはめてかちっとするのだろうか?しかも、学級委員候補は1名選出するために自薦他薦を合わせて、最低2名は出さないといけない。変な国だわ。
長男の高校の投票は19時までというので、慌てて移動。結局バスの乗り継ぎが悪くいけなかった。(そのまま空手の稽古へ直行)まっその内、個人面談にでも行って、担任と顔合わせをしてくるしかないな。(そういうところは、私もきっちりしている!)
そして、今晩は、保護者総会。保護者が参加する年間事業計画の説明会もある。学年末に行われる中世の衣装を着て地域を回るパレードの衣装係に、在校生の保護者や担任に勧められ、お手伝いしますと言ってしまったので、出席すべきかどうか...しかも夜の8時半からである。長女の中学生時代、不覚にも学級委員をやってしまい、毎回夜の12時近くまで喧々諤々した中に、じーっと座っているのは耐え難いものがあった。あれだけは避けたいものだ。うーーん、空手の稽古があるからわからない。
いやいや、保護者あっての子供の教育、と言われても、どこまで付き合うかも線引きが必要だ。