帰りたくない症候群、三度 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで31年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

ミラノ出発まで一週間を切った。
長女は先にでるので、あと3日。
大抵出発2週間くらい前からじわじわ、心のざわざわ感が始まるが、今回は慌ただしかった分、ごまかし続けて来られたが、やはりなんとなく始まった憂鬱。

だいたい帰国前からなぜか気が重かった。梅雨が明けて、日本は暑いんじゃないか?親の老後云々、安保法案強行採決、オリンピック問題、日本はどこへむかってしまうの?現金なもので、自分自身がその場の生活に入ってしまうと、意外にすぐに慣れてしまうもの。不安はありつつも、共に毎日が進む。

両親はいつも元気だ、と思っていたけれど、急に腰が痛い。関節が痛い、と言って歩くのもよたよたになってきていた。幸い内臓に問題はないようだが、転んで骨折でもされっちゃったら、怖いな、と心配になる。

健康でいるときには、気づかないのに、病気になってみたり、年をとり、または年をとっていく親(また、その道を自分も、誰しもが歩んでいるのだけれど)をみて、始めて、健康でいることが、思い通りになる体があることがいかに大切で、幸福であるかと気づく。幸福は本当はすぐ近くにあるのに、気づけない。気づいてくれるのを待っているものなのだろうか?

さて、長女はこの夏無事高校を卒業してからというもの、友人とあちこち海や山に出掛けており、遅れて帰国。10月からは大学生。ミラノではない街にいくので、早めにイタリアに戻ってアパートを探しに行くようだ。9月半ばに入学試験。いよいよ、家を出ていくことになる。

帰りたくない症候群...。ずっと今の状況でいたいわけじゃない。もちろんそういられるわけないし。ただ、毎回、次のステップを踏むのに、心が揺れる。気合いを入れきれず、怖気付いているのかもしれない。

おかしなもので、空港に向かうと、以前は両親が空港まで送りに来てくれていたので、出発ロビーを出ると、それが、「やるしかない」「なるようになるさ」と吹っ切れるのだ。毎回、最後まで見送りに来る母を見送りながら切なくなっている自分がいる。今だにあまちゃんだなあとつくづく思う。

今週あたりから帰国していたミラノの友人・知人たちもバタバタとミラノに戻っている。皆それぞれ思いを秘め出発していることだろう。

自分の原点を振り返り、また歩み続ける。あの頃があったから、あの人がいたからこそ、「今の自分」がある。

今日を頑張るものは、昨日が後押しを、明日が手を差し伸べる

明日のことを思い煩わず、今できることを精一杯生きる。結局は、これが一番なのかもしれない。


「帰りたくない症候群」
「帰りたくない症候群、再び。」