親バカちゃんちゃかりん | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

前にも書いたけれど、日本人間での主流のメッセンジャー•サービスはLINEのようだが、イタリアでは、WhatsAppユーザーが多い。次男の現地校のクラスの保護者のグループをはじめ、Itamaではグループ全体と、理事会、spazio bimbi(託児所)のグループと様々なグループが作られており、何かとメッセージが送られてくるのだが、基本はwifiがないと受信できない。家に戻ってくると、玄関で鍵を開けている間に、チンチンチン...受信のお知らせが入る。気付くと、40, 50通と毎回すごい数。

次男の学校に関しては、かなりくだらないメッセージが多いので、自ら退出したら、戻れなくなってしまった。オーガナイザーの学級委員に頼んでもう一度グループに入れてもらった。格好悪い!苦笑 たまに重要なメッセージもある分、配信されてきたものは、一応読んでみないとわからない。

が、毎週金曜日になると、「今週の宿題は?」と全体メッセージで聞いてくる保護者が必ずいる。学校を休んだとか、宿題のメモを記した予定表を忘れたとか事情は様々。もちろん、次男も宿題がわからなくて困ることは度々ある。親が聞くんじゃなくって自分で友達に聞きなさい、と電話をさせることもあるが、自己責任でやらないまま出かけることもある。そうなると、「放任」の判を押されてしまう。なんだかなあと思う。

先日、冬休みには、在ミラノの日本語の補習校での漢字のプリントがみつからないと大騒ぎ!すぐに気づけば良かったが、休みに入ってすっかり10日経っていた。もうどうしようもなく、近所に住んでいるクラスメートのところに走り、コピーをさせていただいた。かなりの量だった。そういうのは、まだ子供が小さい分、結局親がしなくてはならないのだが、始業直前に配布されていたプリントが家の中から発見された。しかも、本人勉強し始めていたではないか!どうして、気づかないかな。。。不思議に思う。

イタリアの家庭は、過保護か放任かあまりにも極端だ。中学生になっても、一緒に宿題をし、学校の内容をすべて把握している親の多い事!高校生になっても、オンラインで当日の授業内容がわかるし、単発で行われる試験の結果もすべて把握している。(怖すぎ!)かと思えば、子供を信頼し、手をかけずに目だけかける家庭は少なく、子供の学校教育は、無関心、放ったらかしという人もかなりいる。なんだかな...と思う。聖歌隊で一緒の英語の教師であるフィリピン人のシスター曰く、親が宿題をやってくるケースも多いと嘆いていた。

親が一緒にやってあげれば、それこそ宿題もほぼ完璧な形で提出できるだろう。でもいざ授業でやらせたら、出来ない。それじゃあ意味ないだろう。たとえ、それで出来る子でも、いつも与えられることだけをこなすことに慣れてしまっているので、自主的に目標に向かって歩めない。そういう子をつくりあげるのもどうなのだろう?と思う。ひ弱で自分では何も出来ない子供は、将来、他人ばかりを頼り、結局は社会のお荷物にならざるを得ない。

また、放任は子供の素質にもよるだろう。何か素晴らしい才能を持っていれば、それを伸ばす可能性にもつながるが、まだ善悪の分別もつかない時点で放任にしてしまえば、結局「主体性」ではなく「したい性」ばかりが伸び放題になってしまう。我が家の場合も、ゲームがしたい。TVが見たい。その気持ちを抑えることができず、宿題をため込んでしまう。なんで、毎週、毎回同じこと言わせるかなあ、私がブチ切れるのだ。

ところで、今週、長女の高校の学級懇談があった。全教科の教授軍たちが保護者(生徒27人中10人が出席)の前にずらっと並び、9月以降の授業内容や、生徒たちの状況、そして今年は卒業に当たるので、それまでのプログラムが発表された。

すでに前期の成績が芳しくなく(毎年そうだが、最後の最後でどんでん返しというケースが4年続いた)自然科学とラテン語の教授に個人面談を申し込もうと思ったが、もう一喜一憂にはうんざり。「本来なら5年生になるまでに一度くらい留年すべきだったのでしょうが、もうここまで来てしまったから、仕方ない。私からは何も言うことがありません。本人次第ですし、すべてお任せします。」というと、面食らった顔をし、そんなこと言わないで。。。と言われる。だって、勉強するのは本人で、親が手取り足取りの年齢はとっくに過ぎている。もう苦しくても、いつか目が覚めるように、と祈るしかないのだ。

人は本来、「善」しか選ばない。けれどその「善」というのも、あまりにも主観的で、目先のものしか見ていないこともあり得る。

結局は、まずは親が自分の「したい性」を抑え、主体性を身につけないといけない。親は自分が持っていないものを子供に与えることはできないのだから。

とはいえ、子供の可能性を信じるのは大切だ。親バカになってもバカ親にならなきゃいいか?苦笑