パパ様ツイッター ~ 9月分 ① | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで33年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。


9月4日
La nostra testimonianza cristiana è autentica se è fedele e senza condizioni. 
キリスト教の証は、信仰に厚く無条件であれば本物です。



9月5日
Prego ogni giorno per quanti soffrono in Iraq. Pregate con
me. 
イラクで苦しんでいる人たちのために毎日祈っています。どうか私と共に祈ってください。




9月9日
La fedeltà di Dio è più forte delle nostre infedeltà e dei nostri
tradimenti. 
神の忠実さは、私達の不忠実さや裏切りよりも強いです。




9月10日
Non possiamo confidare nelle nostre forze, ma solo in Gesù e nella sua misericordia. 
私達の力に頼るのではなく、イエスとその慈しみのみに任せましょう。



PapaFrancesco
‎‎‎‎‎‎‎‏@Pontifex_it 



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ベストセラー「置かれた場所に咲きなさい」の著者であるシスター・渡辺は別の著書の中でこうおっしゃっていた。「お願いします。」の請求書の祈りがなんと多いことか! 「お陰さまで」「ありがとうございます。」の領収書の祈りのように、たとえ自分の希望した願い、祈りではなくても、頂いたものを神様の御心として受け入れる謙虚さを持ち忘れてはいけない 。

「自分の思い通りになるように」という祈りは、最終的には、謙虚さを失ってしまうようで怖い。将来、どんなことが自分の身に起ころうが、誰のせいではなくとも、受け入れる自信と余裕を持つことができますように、と祈りたい。受け入れるということは、非常に勇気のいるもの。

「祈る」という言葉を使うと、信仰を持たない人にとっては、胡散臭く聞こえるのだろうか?それでも、誰かのために思うこと、それが祈り。祈り、祈られる生活をすれば、何でも乗り越えられると思いたい。それが希望。そして光。

弱い人間だからといって悲観せず、足りない部分にこそ神様が来てくださる。強い人の中には、神様の恵みを素直に受け付けない人が多々いる。自分の力を過信しているからだろう。

実るほど頭を垂れる稲穂かな

こうありたいものだ。