ミサ聖祭後、分かち合いの食事となったが、私は、ホスト教会のお手伝いもあった。ビュッフェ形式になったテーブルは、幅2メートルのテーブルがだーーっと14つ。サーブしきれていない様子。大変だあ!!テーブルの内側に入り、料理の運び出し。1000食ほど、インサラータ・ディ・リーゾとパニーノを準備していたが、結局出たのは、630食ほど。他の用事のある人もいただろうが、やはりそこまで参加しないイタリア人が多い、というのも現実。非常に残念だ。
かんかん照りの日だったので、一人一本のボトルの水もあっという間に終わってしまい、あとは、そのボトルを使って教会前の噴水で水を汲んでもらうしかなかった。
様子を見て、セコンドを出し始めたが、春雨サラダなどは、すでにだめになってしまっているものもあった。気付いたら、セコンドは終了。先におとり置きしていた自分のプリモを食べようとしたが、暑さと疲れで食欲無し。ただ、午後に向けて食べないわけには行かないので、インサラータ・ディ・リーゾだけ食す。おいしいんだかまずいんだかさえ、わからず。
午後2時から、各国共同体の出し物があり、日本人は折り紙教室を予定していたので、テーブルをどこにだすか下見し、テーブルを準備してもらった。
ところで、先日、あるところで、長方形の端の一部に切り込みをいれ、その端の部分で鶴を折るというものを見かけた。これだ!と思った。半紙を3つに切った大きさで、鶴つきの半紙に、名前なりメッセージを筆で書いてあげるサービスをしたら、きっと喜ばれるだろうと。早速、半紙50枚を3分の1の大きさにきり、鶴を折り始めたが、そう簡単に150枚は折れない。できた分だけで行こう・・・
以前、子供のお習字の先生だった方が、日本人教会にいらしたので、彼にインストラクターをお願いし、習字教室と折り紙教室とのコラボ。
これが結構盛況だった。折り紙も普段イタリア人の小学生に教えるのと違って、結構覚えがよく、綺麗に折っている。なぜ?と思ったら、イタリア人は中学生くらいの女の子と、フィリピン人だったからだ。前日次男の小学校で教えたときは、手のひらで紙を折りつけたり、端と端が合わないのは、普通だったけれど、日本の小学生並みの出来上がり。さすが、国籍でこんなに違うのだと驚いた。
ところで、教会前、広場は道路を封鎖して、簡易舞台を設置し、各国共同体が歌を歌ったり、踊ったり、寸劇までしている。
昼食の際、もらったミニボトルに噴水の水を加えて、4,5本分ほど水を飲み、体にかけただろうか?それくらい暑い一日だった。日本人教会の方たちも先に帰られ、残った日本人は私と後から来た次男のみ。最後といって、ルルドのマリア様にささげる「あめのきさきに」を英語、スペイン語、イタリア語で何度歌ったことだろう。そして、教会から配られた、数色の糸を全員で結び、主の祈り,アヴェ・マリアの祈りをもって終了。私の右側にいたエクアドル人のラケールという方が、私と彼女の分の糸を結び目を中心に切り、私の手首にまきつけてくれた。それはいまだに右手首に残っている。『友情』の印だ。
しかし、この疲れがとれる前に、次のミッションが続き、今日に至っている・・・。
http://ameblo.jp/sofiamilano/entry-11879420301.html
主催教会だったため、再び片付け。朝8時にでて、帰宅したのは、6時半だった。
様々な場面で私たちは神様からの恵みを頂いている。 どんなに体は疲れていても、私たちは恵みによって、喜びを感じ、毎日生かされていると、 実感した一日だった。
しかし、この疲れがとれる前に、次のミッションが続き、今日に至っている・・・。
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