エンドウにも
バラにもなろうとせず
ひたすら、自分として育っていく故に
ネギは天才だ by岸田劉生
年齢を重ね、人の親になり、初めてこの詩のもつ重みに気付いたような気がする。
自分や、自分の子供たちに、ネギがエンドウなれ、バラになれ、と望んだところでなれるはずはないのだ。それは、ネギにこだわるのではなく、もともと持っているを大切にすること。ひたすらに自分として育っていく、ということが大切なのだと思う。
他の人、または他の子供と比べて、羨ましく思ったり、みじめになったりしていないだろうか?
ネギは自分を恥じていない。私はネギだ、ネギとして生き るのだ、その姿が美しい。だから、ネギは天才なのだ。
他人の評価や目に振り回されず、自分は自分らしく生きていくことの大切さ、我が家のテラスのネギにネギボウズが咲いたので思い出した。
ちなみにこのネギボウズ、天麩羅にしたり、アリ・オリ・ペペロンチーノ・アンチョビ・パスタにしてもおいしいようだ。
