
毎年、ミラノ市からミラノ市民へのプレゼントとして芸術作品が市庁舎であるマリーノ宮で無料展示されるのだ。今年は、イタリアを代表する画家・Raffaello Sanzio<ラファエロ>の「Madonna di Foglino・フォリーニョの聖母」。盛期ルネサンスの三大巨匠の一人の最高傑作の1つといっても過言ではないだろう。
もともとサンタ・マリア・イン・アラコエリ教会(ローマ市庁舎・カンピドリオ近くのフランシスコ会の教会)の大祭壇画として描かれたもので、右下で祈っているシジスモンド・デ・コンティ(教皇ジュリオ<ユリウス>2世秘書)が寄進したもの。(ジュリオ2世はラファエロのパトロンであったともいわれている)当時は、絵の依頼者を絵の中に登場させることができたそう。そして、フォリーニョはコンティの郷里の地名であり、住んでいたあたりに落雷があり、自分の邸宅には何も被害がなかったことを感謝したためだという。よく絵をみると、背景にフォリーニョの町があり、彼の家に雷が落ちているのがわかる。
左側の上は洗礼者ヨハネで、その下が聖フランチェスコ。また、右側に寄進者に寄り添っているのが彼の保護聖人であるという聖ジローラモ(聖職者・神学者)。コンティは既に80歳を超えているのでは?ということであるが、この絵を描き終える前後に亡くなっているという。確かに彼の目は、輝きを失っており、聖ジローラモに頭を支えられ、祝福されている。
また、、中央下にいる天使は銘板と呼ばれる板を持っており、本来は、寄進者の碑文が記されるようだが、ここには何も記されていないということは、間に合わなかったからなのだろうか?
1799年にナポレオンによってフランスのパリに持って行かれてしまった作品だそうだが、その後ヴァチカンに戻されている。
ラファエロといえば、かなりの数の天使像を描いているが、あまりにも天使像で有名な「システィーナの聖母」は「フォリーニョの聖母」を描いた翌年の作品。また、ラファエロをはじめ、その時代の優れた芸術家達の作品は、あまりにも完璧な出来栄えと美しさで、それ以上のあらゆる芸術活動を停滞させてしまったくらいだという。彼ら以降の芸術は思考ではなく模倣を、精密さよりも美しさを追い求めることしかできなくなったくらい最高の時代だったという。
それにしても、聖なる会話が聞こえてきそうな、最高の作品を見られるとは、なんと素晴らしいこと! ミラノ在住の方及び渡ミラノのご予定の方で、まだご覧になっていない方はお早めに!
展覧会は1月12日まで。
月~日:9:30-20:00
木: 9:30-22:30
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余談その1。よ~くこの絵をみると、聖ジローラモの脇に、ライオンが描かれている。聖ジローラモを描いた作品を調べてみると、常にライオンも一緒に描かれている。ライオンの足に刺さったとげを抜いてあげて以来、そのライオンが彼をしたい離れなくなったというエピソードがあるとか。彼は342年にダルマチア(現クロアチア西部)で生まれているが、当時は、ライオンがうろうろしていたのだろうか?
余談その2. 洗礼者ヨハネがバンビーノ・ジェズを指差し、「見なさい。世の罪を取り除く神の小羊だ。」とまさに発している様な絵は心をさす。とはいえ、彼らは半年しか年の差はないはずなんだけどな・・・笑
余談その3 もともとこの絵は、キリスト教の聖者・殉教者たちの列伝である『黄金伝説』(Legenda aurea)からインスピレーションを受けているという。クリスマスの日に天使に囲まれた聖母子が皇帝アウグスト(アウグストゥス)の前に現れ、神として敬うように、またその場所が神の子の祭壇となるにと告げたという。確かに神の祭壇(aracoeli/アラ・コエリ)が祭壇画として寄贈される教会の名前だったな・・・・と思うと、納得する。ちなみに、この教会でイタリア・サッカー・ASローマ・キャプテンのフランチェスコ・トッティが2005年に結婚式を挙げている。
余談その4 一度に20人前後しか中に入れず、会場に入るのに1時間待ち。中に入っても、まだ待たされた。寒いので並ぶ前に必ず近くにマックのトイレによってから出かけましょう。できたばかりなので、トイレも非常に綺麗。
余談その5 次男を連れて行ったが、「あれくらいなら僕でも描けるよ」だそうだ。まずは、コピーをパパ様に送ってみようか?笑

