ソフィアと共に | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで33年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

今年度のItamaの託児室にモロッコ人の女児が入ってきた。現在1歳8ヶ月のソフィア。地域のソーシャル・ワーカーより、優先的にとって欲しいと前もって連絡があったのだ。詳細はわからないが、足が不自由で、多少の障害があるとのこと。 

私たち、Educatriceは、教育者とは、名ばかりで、特別な専門的な勉強をしているわけではない。何をどうすればいいの?戸惑いの連続だった。 

歩行のことよりも、うなることに対して、初めどういう気分なのか全く理解できず、皆戸惑った。悲しいのか、うれしいのか?おなかがすいたのか?どこか痛いのか?母親いわく、涙を流さない限り問題ないという。抱っこばかりしているけれど、いいのかな・・・とも思っていたら、床にごろんと転がしていい、とも。 

ただ、どうしてもスタッフが彼女に付きっ切りになってしまう。今年から孫が何人もいるという70歳のスタッフが2名入った。彼女たちは丁寧に子供たちを見てくれる。私が普段から元気のよい子供たち、とくに女児をみているからか、私がソフィアにつくと、逆にやきもちを焼かれ、やたら私のひざに乗りたがってきたり、腕を引っ張ってどこかへ連れて行きたがる。相手が母親でなくても嫉妬ってするもんなのだな・・・と思った。 

ところで、先週、教皇フランシスコは 、レット症候群の子供たち50人とその家族と対面した。 

レット症候群とは、ほとんど女児に起こる進行性の神経疾患であり、知能や言語・運動能力が遅れ、小さな手足や、常に手をもむような動作や、手をたたいたり、手を口に入れたりなどの動作を繰り返すことが特徴で難病の1つであるという。あっソフィアはこれなんだ!と思った。 

女児出生率1万か1万1五人に一人の発症するといわれ、生後半年から1年半くらいに発症するのだそうだ。ソフィアも最近わかったばかりだという。 

この月齢の子供たちは流暢にしゃべることができるほうが少ない。ましてはバイリンガル環境にいる子供たちは、まずは、言語を聞いているほうだろう。子供のまなざしは無垢そのものだが、特にソフィアの目は、きわめて表情豊か、とまでは行かないが、訴えるものがある。 

ところで、若いころ、てんかん協会のボランティアをしていたことがある。 
月に一度、てんかんを患っている子供たちをあずかり、母親に美容院やデパートなどに出かけ、自分のためにも時間を使ってもらおう、と逆に母親を支援していた。今だからよく分かるが、母親だから、全てを抱えるのではなく、やはり気晴らしも必要なのだ。 

今日、ソフィアはこうでしたよ、あ~でしたよ、と母親に説明すると一喜一憂する。彼女も外国に居る中で、必死に生きているのがよくわかる。 

レット症候群は、小児期になるに従い、側湾・呼吸の異常・てんかんという症状が出てくるそうだが、ちょっとでも痰がからんだりすると、吐き出したりして、大変なことになる。回りの子供たちも、びっくりして遠くからみていることがほとんどだった。 

それが、最近、徐々に子供たちが、ソフィアに近づき、触ったり横に座るようになってきた。今日は、ごろごろ寝返りをし、けらけら笑った。「ソフィアが笑ったよ~」皆で、喜ぶ。今日は、母親が迎えにきても、すぐには戻りたがらなかった。 

Itamaの居心地がよくなってきたかな? 
皆で感じる心を育てたい。 

心の清い人は幸いである、その人は神をみるであろう。(マタイ5:8)