四旬節 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

昨日、ミラノのアンブロジアーノ典礼も四旬節に入った。 



ローマ典礼もアンブロジアーノ典礼、いずれも「四旬節 第1主日」。 
午前は、コーラスがあるので,地元のミサに。午後は月一度の日本人ミサに参列。午前のミサはアンブロジアーノ典礼で、福音はマタイ4:1-11を、午後はローマ典礼で、ルカ4:1-13を朗読。いずれも、「イエスが荒れ野で悪魔から誘惑を受ける」部分で、毎年、四旬節第一主日に、この箇所が読まれる。 

荒れ野は、日常の粉飾がすべてはぎ取られた場なので、人の姿が赤裸々にあらわにされる所。そして、困難だけでなく、悪魔からの計画に試されて戦う毎日なのだ。 

私達は、そういった「荒れ野」と「誘惑」が訪れたらどうすればよいのだろう? 

また、祈りと回心の時であるこの四旬節をミラノの信者たちがより有意義に過ごせるようミラノ司教区のアンジェロ・スコラ大司教より、メッセージを託されたのだが、今年は、大斎・小斎に関しても促された。イエス・キリストの受難にはせるための食事制限のことである。 

確かに、人は贅沢になると神秘を失ってしまうもの。犠牲なしに悟りはなかなか得られないはず。貧しい人々との連帯感を持とうとしても、自分が貧しくならなければ貧しさはわからない。ちなみにガンジーは週に1度、断食をしていたという。 

神様に出会うためには感覚のつつしみが必要だという。身のつつしみ、耳のつつしみ、口のつつしみ、そして静かに落ち着いて自分を知ることが必要。 

四旬節は静かに過ごそう・・・と思いつつ、そういう時こそ、子供の学校の行事やら、教会行事で忙しくなる。なんでかな・・・。笑 今朝も「灰」を頂くのに、走って教会に駆けつけた。走る人 

とはいえ、毎日の生活が訓練。毎日を大切に過ごそう。 

*画像は昨日、教会に付けられた垂れ幕。 
四旬節第1主日。昨日読まれた朗読部分、マタイ4.1『誘惑』荒野での試み、とある。