よい四旬節を! | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで33年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

 昨夜、ヴァチカンに雷がおちる画像が新聞に掲載されていてびっくり。 

「雷鳴」=「神の声」? 
ちょうど先週,勉強したばかりの詩篇が頭をよぎった。 

ダビデの歌 (詩篇28章) 
1 神の子らよ、主に帰せよ、栄光と力とを主に帰せよ。 
2 御名の栄光を主に帰せよ、聖なる輝きに満ちる主にひれ伏せ。 
3 主の御声は水の上に響く。栄光の神の雷鳴はとどろく。主は大水の上にいます。 
4 主の御声は力をもって響き主の御声は輝きをもって響く。 
5 主の御声は杉の木を砕き 主はレバノンの杉の木を砕き 
6 レバノンを子牛のように シリオンを野牛の子のように踊らされる。 
7 主の御声は炎を裂いて走らせる。 
8 主の御声は荒野をもだえさせ、主はカデシュの荒野をもだえさせる。 
9 主の御声は雌鹿をもだえさせ 月満ちぬうちに子を産ませる。神殿のものみなと唱える。「栄光あれ」と。 
10 主は洪水の上に御座をおく。とこしえの王として、主は御座をおく。 
11 どうか主が民に力をお与えになるように。 

詩篇は旧約聖書にあり、ほとんどがダビデ王が残した詩である。 
人間の恨み、つらみもあるけれど、自然の美しさ、そして天地創造の主である神をほめたたえている。 

この28章は、雷鳴から神の栄光を見ているという。 

もともと、ヘブライ語の「 qol」ということばは、「声」「雷」という意味もあるそうだが、面白いのは、日本語の聖書には「主の御声」と訳されているけれど,イタリア語では「雷鳴」となっている。 

ちなみに、そこでは、その「声」または「雷」が7回出てくるので「七つの雷鳴」(Sette tuoni)とも呼ばれている。もちろん、雷が神の声、そのものといっているわけではなく、「力」や「威厳」を表現しているのかもしれない。 

また、日本語訳では「もだえる」という言葉が何度も出てくるが、イタリア語訳では、「ゆさぶる」という単語を使っている。 

そして、洪水は、「ノアの箱舟」を思い起こしてしまう。 
洪水の混乱、混沌のあと、空にかかる虹が人々に,平安と希望を与えるのだろう。 

昨日からミラノは大雪に見舞われていた。どうしたものか、今朝は頭を抱えたが、今回は、雪かきに余念がなくお昼までにどこも歩道は綺麗にされていた。今日はマルテディ・グラッソ。カルネヴァーレ最終日。そして、いよいよ明日から四旬節。(ミラノは日曜日からだけど) 

"かいしん"(回心、改心、開心)はとても難しいけれど、祈りを通して恵みのうちに可能。心の影を消していただくことは,自分の小ささを認めない限りできない。 

よい四旬節を!