クリスマスの祝福 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで32年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

この時期になると、地元教会の聖職者たちが、各家庭にクリスマスの祝福にやってくる。 

とはいえ、教会離れの昨今、家を訪ねていっても、断られることもあるだろうし、逆になんといっても、聖職者も少なくなってきているので、教区教会(パロッキア)ではない教会が、聖職者の少ない地域に派遣されることもあるようだ。 

わがパロッキアでは、10月あたりから、巡回する通りが発表されるので、カレンダーに記入しておいたが、聖職者だってかなり忙しい。人手がたりず、隣接するカトリックの学校のシスターや、教会一般信徒(役員か?)が回ることもあります・・・と注意書きはされていた。 

そして、昨日が祝福の日だった。特に、今年は巡回の時間帯を知らされていなかったので、夕方ある時間帯までは、子供達に、応接間を片付けるよう言っていたけれど、急に夫が帰宅してから外食する、と言い出したので、子供達をお風呂に入れさせたり、ばたばたしているときに呼び鈴。すっかり祝福のことを忘れてしまい、夫か・・・と思い、長男に玄関を開けさせた。(その後ろで次男はお風呂に入ろうとしてまっ裸・・・) 

すると、地元パロッキア内、フランス人会の司祭(カメルーン出身)がいらした!!そうだ!!うっかりしてしまった!! 

Venga、Venga!! どうぞ、どうぞと応接間に入っていただく。あちゃ~次男の脱いだままの服が、そのままソファに。「すいません!!」あわてて、脇に洋服を抱えると、「いいんですよ。私の部屋もめちゃくちゃだから・・・」と。うわっ赤面。 

「コーラスのほうはどうですか?」と聞かれた。 
私達のミサの司式をされることは、滅多にないのにご存知のようで、おどろいた。司祭達は、一信徒のことなんて気にかけていないだろう・・・なんて思っていると、「最近見ないね?」なんていわれることもあり、逆に驚かされる。決してミサに出ていないのではなく、たまに夕方のミサに出たり、隣の教会にでたり・・・というだけの話なのだが、ひえ~っと思うことも多々。 

今年頂いたカードは、アンジェリコの「エジプト逃避」。 

 ヨセフの夢に天使が現れ、エジプトに逃げるよう告げる。ヨセフはマリアとイエスを連れその夜のうちに旅立つ。後にヘロデの死を知りエジプトを離れるが、ヘロデの子が王位を継いだため、ガリラヤのナザレに移り住む・・・というもの。 


『マリアの「はい」は、私達に、イエズス・キリストを贈ってくださいました。私達の「はい」は、この世の恵みです。』奥が深い。 

家族がお互いに愛し、尊敬し合えれば、家庭内に調和と平和がもたらされるであろう。 

「憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。互いに忍び合い、責めるべきことがあっても、赦し合いなさい。…愛は、すべてを完成させるきずなです。」(コロサイ3:12-14) 

日本では、クリスマスは恋人同士のお祭りに感じられるが、実際は、「家族が集まる日」。宗教に関係なく、家族に感謝し合える日となりますように。 


http://blog.livedoor.jp/s_sofia1317/archives/50813086.html