これは、 教皇ベネディクト16世 が定めたもので、 第二バチカン公会議開幕50周年、また「カトリック教会のカテキズム」発布20周年 の今日からはじまり、来年 2013年11月24日の「王であるキリスト」の祭日に終わる。
「信仰年」は、特に、日頃の労苦の中で確信と勇気をもって主イエスに信頼し続ける多くの信者の信仰を支えることを目的としている。キリスト信者が福音の力強い証人となるには、どうあるべきか?
昨夜は、自分の教会ではないが、近所にある教会でMissione Popolareというフランチェスコ会の修道士・修道女たち40数名をウンブリアから招いて10日ほどにわたり地域に寝泊りしてもらい、毎日あちこちでイベントが繰り広げられるが、その行事の前夜祭、そして「信仰年」開催イヴということで、特別ミサがあり参列してきた。
ミサのお説教では、先月お亡くなりになられた元ミラノ大司教、カルロ・マリア・マルティー二枢機卿の93年Sinodo(教会会議)の際の説教の一部を引用された。
"Non ci proponiamo nessun proselitismo, non miriamo a nessuna riconquista, non ci preoccupiamo di un ritrovamento di chissa' quale influenza sociale e culturale: ci basta essere come Gesu' , vivere il Vangelo・・・
我々は、無理な人集めをするような布教活動は目的としない。
(人々を)再征服するようなことは目的としない。
社会的及び文化的影響を持っていたならば、それを取り戻すような心配はしない。
我々はただイエスのように生き、聖書に生きるのみでよい。
御言葉に活かされ生かされる。それだけでよいのだと。
たまに思うのだが、自分には何ができるというのだろう。あまりにも力不足で、出会う人々を傷つけ、それでいて、自分は誰かの言葉に戸惑わされ、立ち止まってしまう。その人を恨み、避けたりする弱い人間なのだ。それでも、こんな私でも忍耐強く待って下さる、大きな愛の神様に感謝の気持ち、お礼としてできることは、神様が見捨てない自分を捧げることだけなのだろう。
こちらは信仰年』のロゴ。

教会を象徴する船が波の上を進む。
船のメーンマストの十字架とともに、3つの帆が、キリストを表す3文字(IHS)をかたどる。
帆の背景の太陽は、IHSの3文字とともに聖体を示す、というもの。
また、こちらは、日本の『信仰年』のポスター。
実るほど頭を下げる稲穂かな
謙虚さと勇気を持って歩んでいきましょう。
Credo, Domine, adauge nobis fidem !
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