アドリアーノはエジプト人。いつも明るく、おどけた顔をして皆を笑わせてくれるムード・メーカー。
10月から今期ITAMAが始まり、人見知りも、泣いた事も無かった。その彼が、12月に水疱瘡か何か発疹がでる病気にかかり、ちょっと家ですごしITAMAを休んでからママべったりになってしまい、最後のクラスはどうしてもSpazio Bimbi(ベビー・ルーム)には来られなくなってしまった。
そして1月に妹誕生。しばらく赤ちゃん返りしてるかな・・・気になっていた。先日水曜日から母子共にITAMAに復帰(私は欠席)。泣いて、泣いて仕方なく、ママの脇に置かせてもらい、2ヶ月の妹、ジュマーナちゃんだけ預かったと聞いていた。
そして今朝、初めに2ヶ月の妹ちゃんを預かった。すやすや静かに眠ってマシュマロみたい。しばらくして、ママに連れられてアドリアーノがやってきた。やっぱり泣いて泣いてどうしようもなかった。が、一人が2ヶ月の赤ちゃんに付きっ切りで、私はママから離れて泣くか泣かないかの子供を抱いており、他のメンバーも手がふさがっており、彼はしばらく入り口にうつぶせになって泣いていた。
彼の母はコプト教信者。コプト教とはキリスト教の一派であり、キリスト教誕生後間もない2世紀頃から広まったもの。けれど、現在のカトリックやプロテスタントとも微妙に違うらしい。昨今のエジプトの暴動はこのコプト教徒とイスラム教徒の衝突だと知り、ITAMAを初め、この地域のアラブ人街の中で、危険はないのか?とついつい心配になってしまう。しかも、アドリアーノのパパは、ママと結婚するため自分の宗教を捨てたときいた。そのせいか、彼らは、ITAMA内の他のアラブ系の人とは接触がない。
でも、子供は皆一緒。宗教なんて関係ない。国籍も、階級も、肌の色も言葉も全く関係ない。ITAMAにいると、すべてを超えた関係を教えられるような気がする。母国語さえもおぼつかないまだ乳幼児には、イタリア語で通せたけれど、最近は、日本人は日本語で通し、アラブ人はアラブ語で通す子が多くなってきて、私はまだ楽だけれど、イタリア人のボランティア達が目を白黒させている。子供達の間で、喧嘩すると、「だめ~っ!!」「ラ~っ!!」(アラブ語のNo)という言葉が飛び交う。
おやつタイムには、水とクラッカーだけだすが、アラブ語で水は「マイア」。クラッカーは「バスクータ」と我々も彼らが言ってくる言葉から学習。今日、一人の女の子がずっと私に「ウーシャ」と言ってきていたのだけれど、あれはどういう意味だったのだろう?
・・・・と話がそれたが、泣きつかれ、ぐたっとしていたアドリアーノ。暫らくしてから、ぬっと立ち上がり遊び始めた。初めは、ちょっと暗い感じだったけれど、段々拍車がかかり、以前のようなおどけたアドリに戻った!!子供達の中には、どうしても波長が合わず、すぐに喧嘩になる組み合わせがある。私たちも、なんとかその組み合わせにならないよう、冷や冷やみているのだが、アドリは全く誰とも問題がなく、思いやりもたっぷりある。彼はキューブ状のクッションを重ねて、その上から飛び降りるのが得意。しかも、体操選手のごとく、瞬発力と柔軟性はばっちり。皆が彼に続き真似したがった。1歳になったばかりのユセフもクッッションに上っちゃうから驚いた。疲れたり、ちょっと寂しくなると、抱っこちて~とやってくるダリア。これから兄弟誕生ラッシュ。彼らもまた不安定になり始めるのか。
以前日本人の生徒さんには「先生」と呼ばれたので、たとえイタリア語で「Educatorice」(教育者)と呼ばれても、本来の教育者ではないので、先生は辞めてね。名前でいいから、と伝えたのに、アラブ人たちは、私たちのことをMaestra、やはり先生と呼ぶ。辞めて欲しいんだな・・・・当の子供達は、なんていっていいのかわからないらしく、「マンマ~」と呼ぶから照れくさい。先日、昨年までいた日本人の4歳のお子さんに道であうと、「あっT子さんだ!」と直ぐに名前を言ってくれた。名前で呼ばれるって嬉しいね。
近々、専門家に乳幼児の扱いに関する講習会が行われる。今更・・・だけど、自分の子育てとはまた違ったものだし、また大きくなったとはいえ、自分の大きくなった子供にも成長していく上で、何かヒントになるかもしれない。楽しみにしている。
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